2019年07月27日 夕方公開終了
文=星野文月
職場から帰る途中に渋谷ヒカリエがある。
まだ一一月だというのにヒカリエの中はクリスマスムード一色で、ケーキの予約やプレゼントの広告がこれでもかというくらい貼り出されていた。
クリスマスが近づくにつれて、心の中に焦燥感が積もる。
私にとってクリスマスは、その一年間、誰といることを望み、誰から必要とされたのかを確認する日だった。だから、その日に誰と過ごすかは私にとって重要な問題だ。
クリスマス、ユウキさんに会えるだろうか。
ユウキさんとのコミュニケーションは相変わらずで、言葉はたぶん伝わっていないのだろうなと思うことが多かった。
「クリスマス会いたいなあ」と送ると、「母が禁止しているので……それでも良ければ」と返ってくる。クリスマスは家族で過ごすから遠慮してほしい、という意味だろう。そう思っていると「何時に来る?」と送られてくる。さっきの「母が禁止しているので」は何だったんだろう。「行っても大丈夫? 無理しなくて良いよ」と送ると「大丈夫!!」と返事が。やっぱり言葉でコミュニケーションを取ることは難しい。前回、お見舞いに行くまでのやりとりが大変だったことを思い出した。
とりあえず、クリスマスイブにユウキさんの家にお邪魔することになりそうだ。予定が埋まると、ほっと一安心した。その数分後に佐々木から「今年もクリスマスパーティーしようよ」と、と誘いが来る。毎年、大学の友達を中心に集まっていることを忘れていた。今年は、予定があるから参加できなさそうだと断る。「そっかー。残念」と返事が返ってくる。
私はユウキさんと過ごすことが決まって嬉しいはずなのに、なんだか気分が晴れない。
ぐるぐるとヒカリエの中を歩きながら考える。目的もなくエスカレーターに乗り、そこから見える人々の顔を眺めた。八階まで上がると、大きなガラス張りの窓があり、そこから遠くの空を見る。橙色の太陽が沈みそうになっていた。もうじきこの街もすっかり夜になるだろう。
最近、どうしても前のユウキさんと今のユウキさんを比べてしまう。コミュニケーションがスムーズに取れないことに対して、勝手に焦り、落ち込む。伝わっていると思っていたことが伝わっていないショックは、思ったより大きなものだった。
「やっぱり元のようには戻らないのだろうか」
「この状態は一体いつまで続くのだろうか……」
ユウキさんは、うまくいかないことがあると「頑張るしかない」と呪文のように唱えるようになった。未来の方を向くことを強制されているみたいで、見ていて切なかった。
そんな彼になんて言葉をかけたら良いのかわからなかった。「頑張って」と言うのも「無理をしないでね」と言うのもなんだか違うような気がした。
本当にどうしたら良いのかわからない。(つづく:8/7更新、私の証明69-「一一月二八日」)