2023年11月24日 夕方公開終了
マリヲ(まりを)
ファスナーが二本付いた重い手提げ鞄がぼんぼんふくらはぎに当たっている、夜道で居場所を知らせるための蛍光黄色のロールテープがきりきりという音を立ててる。配達員は大きい鞄を縮こめて持ち、スマートフォンで『コロナは終わった』というユーチューブを見ながら気を紛らしている、サンマルク。一般の客と同場所に並んでしまっていることを意地でも認めようとしない、ちょっと右に行ったら待機ステッカーが貼ってあるのに。(A0025番)(チョコクロセット)と思い、「A0025、チョコクロセット」と呼ばれて鶴見区に行く。行く前に、鞄の当たったふくらはぎを少し押し返すようにする。
黒い服を着ている。とても気に入っているTシャツは長袖の下に着ている、混雑してる、集合店舗の中を歩く、スマートフォンを見ているからそんなに歩くのが遅いのやと前を歩くOHIOのスウェットに思い、自身もスマートフォンを見ていることに気付く。世界の取っ掛かりのようにスマートフォンを見ていることを恥ずかしいなど思う、配達員は自意識が過剰になっていて、世界に大事にされたいなど夢想している。
「ですからこちらがあなたのです」丁寧な言葉でおもいきり怒っている自家製麺杵屋の妙齢の女性に三白眼で謝り、まるごとソーセージを食べながら歩いている課長のような男の傘が当たり、確認をせず左折する白いベンツと接触しそうになり、三回の舌打ちを過ぎ、信号待ちの自転車の後輪にはすかいの形で「トゥン」と違う自転車の前輪が当たった、当たった自転車に乗っていたのは営業風の若いスーツだった。俯いてスマートフォンを見、メントスくらいでかい清涼剤を噛んでいた。配達員はその全員が過ぎるのを待った、「うまーま。うまー」と言ってしっかりハンドルを、ブレーキごと握り、「うまうまうまうま」とリズムをつけて自身の前輪を地面に打ち付けた。横断歩道手前。派遣会社から派遣された女性が社員に道端でファイルを手渡されている。「まー。んまんまんまんばあ」鞄を背中から外し、右手で高く掲げてからそのまま思いきり直下させた。ベタンという音がした。「ベタンて」配達員は言った。でかい鞄を拾い、今度は弧を描くようにして両手で持ち、つるはし・ハンマーの要領で両手を振り上げ腰を引いた。カッと光ったような気がしたが気のせいで、カレーは少しチャックから漏れ、今度はべしゃんというような盛大な音がした。サイドポケットに入れていた合羽と表紙の裏返した文庫本が縁石を越えて車道へ滑った、通った軽ワゴンにその両方が踏まれた。四角を保ったままの鞄を置き去りにしてしばらく漕ぎ、それからすぐに引き返して、鞄、文庫、合羽の順に拾ってもとの位置に収納した。配達員は俺というもの、を含んだ人生そのもの、といったようなことに対して、もっと侮辱してください、あるいは本当にありがとうございます、といった意味の、「うがうあうがー」を静かに言った。脳内ではユーミンの中央フリーウェイ、オルゴールVer.とバイレファンキ的ななにかがせめぎ合っていた。そのとき傍で小さい鳥が鳴いて飛び去っていることを、配達員は全然知らなかった。
(了)
マリヲ(まりを)
1985年、大阪府生まれ。本名・細谷淳。ラッパー。 ●著作 『世の人』(百万年書房) https://millionyearsbk.stores.jp/items/63ae7535c9883d7772e2afbe ●Discography Fiftywater / F.W.EP (タラウマラ/2020) SUNGA + WATER / RA・SI・SA (タラウマラ/2021) 中田粥 + Water a.k.a マリヲ / シャインのこと (中田粥+タラウマラ/2022) Hankyovain feat. Water a.k.a マリヲ / 他人の事情 (Treasurebox / 2022)