2023年11月24日 夕方公開終了

マリヲ(まりを)

 子供が炸裂してる、酔っぱらいはほぼ子供、ということを漫然と思っている。玉造の駅を降りて商店街、ホルモン屋の店内でいま自分はフジオカの人差し指を噛んでる、店内は足立くんと、マスターとタケヒラとタジマ、フジオカが居てる。足立くん以外は、今日はじめて会った人たちで、足立くんは九年間、映画だけを観続けていた親友で、ちょうど十ヶ月ぶりくらいに会った。タジマは「四年ぶり。四年間煙草をやめていたけど今日は吸う。一本ちょうらい」と言って足立くんのキャメルをぼんぼん取って吸う、がんがんハイボールを呑み、慎重に日本シリーズの話をしていたがいまは、煙草っていい、という意味の「にゃあ、ええなあ」しか言わなくなっている、ハイボールはさっきから全然減らない。フジオカの人差し指を噛んでいるのはフジオカが、自分をソフトボールに誘うからで、「キミ、いい。目がいい。だからファーストでええねらろ」と手を人差し指と親指をちょうど九十度に固めた格好にして目の前に振る、それを追いかけて自分はフジオカに抱きついては緩く噛む。仕事をしてきた手だと思う。足立くんが少しタケヒラから離れるとタケヒラは「ねらあ、こっちへおいでよ」と寂しそうで、さっき足立くんがトイレに行ったときは首が折れるほどに俯いていたので、その気持ちは嘘じゃないと思う。「ほんまあしばいたろか思うでほんまな、しゃあけど難しねやしーしゅーんき、やから」タジマは大きな声で言い、「おま、おまら酔うてんの」とフジオカが声を裏っ返して言ったのに「酔うてない」「酔うてないよ」「誰が酔うてるて」「酔うかこんなんで」と全員が答え、「え?」と聞き返した拍子にフジオカはタジマのハイボールに当たりハイボールはこぼれた。それがブレイクになってしんとした時間に、自分はフジオカのリュックサックに付いた、とくべつだよ? と書かれた猫の形のキーホルダーを見ていた。リュックにはグローブや替えの、ユニホームとか肌着がたぶん、入っているだろう。これから自分が感動した会話を書こうと思っていますが、そのままを書こうとしてそうではない、ということがたくさんあって、たぶんこれからもあるので、人間の記憶というものはそういうものだという言い訳をまず書き、始めようと思います。タケヒラはTK、タジマはT、足立くんはA、自分はJという表記にします。何度も言うようにこの四人ははじめて会った人たちです。

 

T「どついたろか思うで。うちの娘になにしてくれてんねゆうて。せやけどそんなんでけへんやんか。子供の問題に親が入ったらあかんとも思うしな、出るとこちゃうがな。娘好きやからゆうてマクド。今日は晩飯マクド。そんなしかでけへんけどな。むつかし」

 

TK「そう難しい。そう。わたしら昭和の人間からするとね、実際こうして会って、話すゆうことが一番とはいかんけど、大事なことやと思てる訳ですよ。思うでしょう? だからネット、エセーネス? そういう中ばっかりでね、やっぱしね、心配なんですよ。うちのはもう二一やしね」

 

T「ちょっとだけでもねえ、外には行って欲しいというか」

 

TK「親はね、思いますよね。学校でうまいことやれてんのか思て」

 

T「そう、あんまり内向的すぎんのもあかんゆうか、言われんけどね」

 

TK「そう。うちのも内向的でね。ええねけどちょっとね」

 

J「ちょっと前に僕アルバイトでね、当時十八歳の男の子と働いとったんですよ。それでちょっと、バイトですゆうのを期待して、クリスマス何すんの? て聞いたんですよ、僕もバイトやったしね、ほんならクリスマスツリーの下で皆で集まって、プレゼント交換するて言いやって、うわあええやんか、うらやましいなあ、どこのツリーで、そのツリーてどこあんの、て聞いたらね、ゲームの中ですて。僕はそんときびっくりするしかできやんかったけど、でも今思うとね、知らんことですやんか。私らやったことないし、そのゲームを知らん、知らんのにね、ややこや言うこともでけへんて思いました、そら会うた方がええと思うけど、全然仮想も現実やし、せやけどそれも思てるだけかもわからんし」

 

T「ふーん」

 

TK「うーん」

 

フジオカ「ええなろ。ファースト」(自分はフジオカを抱き締めるも、フジオカは一足先に店を出る)

 

A「内向的の、なにがあかんのですか。トマト酎ハイおかわり」

 

T「うん。でもやっぱり世界を広げて」

 

TK「うん、選択肢を、広げて欲しいとは、思いますよね」

 

A「外向的が善、内向的が悪。完全にそうではないと思うけど、なんとなくそういった雰囲気があるわけでしょう。お二人がそういうふうなことを思うということは、そういうことだと思います。学校なんていう、すごく閉鎖的なところで、そこだけのかんじで外向、内向的だというふうに決めて何かを言ったりすることは殆ど嘲りとか罵りに……いや、違う、なんちゅうか、たまんないですよ。というかそれは全然的を得てないと思う。子供たちも、自分たちも含めて言ってますけど、娘さん、息子さんはそうして自分のことを、話す場所があるっていうことは、ひとつでもあるということが、大事なことだと思う。僕はそれが本当に大事だと思うし、すごい良い、守って欲しい、と思います。必ずしも、内向的なことは、悪いことじゃない」

 

 遠くでフジオカが、なんれえ、なんれかえんのお、と叫んでいるのが聞こえてきた。あかん、早よかえろ、とTもTKもそそくさと会計をした。マスターは「酔っぱらいは面倒な生き物ですね」と言って小さく笑い、小さいグラスに入ったビールを一息で空けた。感動にうち震えていたため、おかわりのトマト酎ハイを自分はこぼしてそこにあった布巾で拭いた。

 

(了)

マリヲ(まりを)

1985年、大阪府生まれ。本名・細谷淳。ラッパー。 ●著作 『世の人』(百万年書房) https://millionyearsbk.stores.jp/items/63ae7535c9883d7772e2afbe ●Discography Fiftywater / F.W.EP (タラウマラ/2020) SUNGA + WATER / RA・SI・SA (タラウマラ/2021) 中田粥 + Water a.k.a マリヲ / シャインのこと (中田粥+タラウマラ/2022) Hankyovain feat. Water a.k.a マリヲ / 他人の事情 (Treasurebox / 2022)