2019年07月27日 夕方公開終了
文=星野文月
昼休み。会社の先輩が彼氏のダメなところを笑い話にしていたが、うまく笑うことができなかった。親しい友達は気遣ってくれているのか、私に恋愛の話をして来なくなった。気を使わせているなら申し訳ないが、今はそれがありがたくもある。
昼休みにtwitterを見てみると青山ブックセンター本店に植本一子さんが来て、サイン会をやっているとの情報を得る。植本さんに、自分の気持ちを知ってほしくて持っていたノートに手紙を書いた。
「恋人が脳梗塞で倒れて、そのタイミングで『家族最後の日』を読みました。
前に“今を生きてる?”と手書きでサインしていただいた本を大切に持っています。
その言葉について、そのときは深く考えなかったのですが、恋人が死ぬかも知れないという状況になり“今を生きてる?”という言葉が胸の真ん中にどしんと響き、涙が止まらなくなりました。
それから、死んでしまったら伝えたいことも伝わらないし、自分の中の気持ちはどうやって消化したら良いのだろうと何度も考えました。今でもその答えは出ないままです。
私の恋人は一命を取り留めたものの、半身は麻痺、重い失語症が残り、ほとんど言葉がわからなくなってしまいました。
不安な日々が続き、『降伏の記録』の中に書かれていたような、誰かに抱きしめてもらいたいという気持ちが私も止まりませんでした。
しかし、その抱きしめて欲しい相手が他でもなく、倒れた彼だったので苦しかったです。
現在、彼はリハビリ中ですが、元の状態に戻るのは難しく、最近は私の励ましや、お見舞いもプレッシャーに感じるようです。
どうしてよりによって彼が……と何度も何度も思いましたが、起きてしまったことは変わらないんですね。
必死に現実から逃げようとしても、簡単に追いつかれてしまいました。
植本さんの本を読めて本当に良かったです。
辛いのは自分だけじゃないということが私の救いでした」
ここまで書いて、読み返してみる。
こんなものをもらっても植本さんは困るだろうなと思い、渡すのは止めることにした。
仕事を定時で終えて青山ブックセンター本店に着くと、植本さんがいた。小さなスペースだが、人がたくさん来ている。壁に展示されている写真を観て、植本さんが撮る写真が好きだな、とあらためて思う。植本さんに「本も、写真も良かったです!」と伝えて、本にサインをしてもらった。名前も書いてもらえて嬉しかった。(つづく:7/25更新、私の証明68-「一一月一五日」)