文=将基面貴巳
しかし、よくよく考えてみると「日本人である」という同胞意識や「日本という国を愛する」という感情は不思議なものです。なぜなら、同じ日本人と言っても、親類、友人、知人を除けばほとんどの人々が会ったこともない赤の他人です。そんな赤の他人に、なぜ特別な意識や感情を持つようになったのでしょうか?
ベネディクト・アンダーソンという学者は、この赤の他人との連帯感を「想像の共同体」という言葉で表現しました。つまり、見知らぬ人と「想像」の中で私たちは結びついている、というわけです。
ですが、なぜそのように赤の他人でしかないはずの「日本人」たちと「想像」の中で結びつくことが必要だと考えられたのでしょうか。
それは、日本人を日本という国の〈国民〉(ネイション)にするためでした。
明治維新までの人々は、「藩」に属する存在として自分たちを理解していました。しかし明治になって、「日本」に忠誠心を持ってもらわなければ一丸となって外国に対抗できない。そのためには日本国民であるという意識を一人ひとりに植え付ける教育をしなければいけない。これは、ヨーロッパの国々を真似して明治新政府がおこなった、国家的プロジェクトでした。
ヨーロッパの国々は、フランス革命(1789〜1799年:天明9年~寛政11年)以降、〈国民〉を単位とする国民国家へと変貌しました。
それ以前のもともとのヨーロッパ諸国は、「地方」が江戸時代の「藩」のように力を持っていました。地方の貴族や聖職者が及ぼす支配力は、中央政府の支配力に十分対抗できるだけのものがありました。つまり、中央政府の政策はトップダウン式に地方へ伝えることができたのではなく、地方の有力者の協力なしには実現不可能でした。
しかも、各「地方」の文化や社会慣習は、現代とは比較にならないほど独自性が強く、各「地方」で話される言語すら異なっていました。
つまり標準語というものがそもそも存在しなかったのです。
そのように自律性・独自性の強かった「地方」を国家として統合するようになっていくのが、18~19世紀のヨーロッパの歴史です。
こうしてブルゴーニュ地方やノルマンディー地方といった、様々な地方の人々がフランス国民として統合されるようになりました。学校教育や社会的プロパガンダを通じて〈国民〉意識が一般の人々に刷り込まれました。
そのために「フランス語」という国語(標準語)が作り上げられました。また、文化や社会慣習を異にする各「地方」をフランス国民というひとつの枠に収めるためには、ひとつの歴史を共有していることが必要とされました。そこで、様々な国民的英雄の物語としての「国民の歴史」が人々に教え込まれたのです。
これを真似したやり方を、明治新政府もまた日本の人たちに対して行ったのです。いろいろな藩の連合体でしかなかった日本という国を、中央の政府が統一的に支配する国に改造するために、ヨーロッパで行われた〈国民〉形成の方法をモデルにしたのです。
まず「国語」が学校教育で教えられるようになりました。奇妙に聞こえるかもしれませんが、「国語」は明治になってから作られたものです。
また「国史」、つまり日本の歴史が学校で教えられるようになりました。
〈日本人〉という想像の共同体を育むためには、ありとあらゆる手段が用いられましたが、中でも興味深いのは唱歌の誕生と奨励です。
学校で生徒全員が声を揃えて歌う行為は、歌うすべての人々の間に連帯感を生み出します。日本の景観の美しさや軍隊の勇ましさを歌にし、声を揃えて歌わせることで、〈日本人〉としての意識を次第に植え付けていったのです。このように日本列島に住む人々に「自分は日本という国の〈国民〉である」という意識を芽生えさせる教育を施し、その結果、〈日本人〉が生まれたというわけです。
ですので、日本人なら日本に対して愛国心を持つのは自然で当然だ、というのは事実として間違っています。私たちが〈日本人〉なのは、明治以降の教育の結果なのです。
そして、過去において愛国心を持つことが自然でも当然でもなかったのですから、未来においても永遠不変なわけがありません。
歴史の展開次第では、日本と朝鮮半島と台湾がひとつになって東アジア連合のようなものが出来上がるかもしれません。逆に、日本から沖縄や北海道が分離して日本という国が縮小することがあるかもしれません。
これはただの思考実験で、もちろん未来は神のみぞ知るですが、現在の日本を永遠不変なものと考えるのではなく、いろいろな可能性を考えることは「日本という国に暮らす自分」「〈日本人〉である自分」への理解をさらに深めることになるでしょう。
「国を愛する」とはどういうことか? 次のレッスンでは、さらに突っ込んで考えてみることにしましょう。(続きは『日本国民のための愛国の教科書』でお楽しみください。ご愛読ありがとうございました)
将基面貴巳
1967年(昭和42年)神奈川県横浜市生まれ。駒場東邦高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。シェフィールド大学大学院歴史学博士課程修了(Ph.D.)。研究領域は政治思想史。ケンブリッジ大学クレア・ホールのリサーチフェロー、ブリティッシュ・アカデミー中世テキスト編集委員会研究員、ヘルシンキ大学歴史学部訪問教授などを歴任。現在、ニュージーランド・ダニーデンに所在するオタゴ大学人文学部歴史学教授。英国王立歴史学会フェロー。『ヨーロッパ政治思想の誕生』(名古屋大学出版会、2013年)で第35回サントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞。その他の著作にOckham and Political Discourse in the Late Middle Ages (Cambridge University Press, 2007), Visions of Peace: Asia and the West (co-edited with Vicki A. Spencer, Ashgate, 2014), Western Political Thought in Dialogue with Asia (co-edited with Cary J. Nederman, Lexington Books, 2009)、『言論抑圧 矢内原事件の構図』(中公新書、2014年)、『政治診断学への招待』(講談社選書メチエ、2006年)、『反「暴君」の思想史』(平凡社新書、2002年)がある。最新刊は『愛国の構造』(岩波書店)。