2025年12月11日 夕方公開終了
文=堀静香
職場で来年のカレンダーをもらった。職員室の一角に「ご自由にどうぞ」というダンボールがあって、そこに丸まった一本のカレンダーが入っている。内心(おっ)と思いつつ、目視したままいったんは通り過ぎ、帰る前に事務の人に声をかけてもらうことにした。「これが今年来たひとつ目だね、これからどんどん増えると思うけど、これでいいの?」と言われる。かなり大判の、シンプルなカレンダー。北九州にある専門学校のもの。来年はこれでいきます、と言って持ち帰らせてもらう。きっとさまざまな学校や関連企業からこうして毎年カレンダーが集まるのだろう。去年も同じように学校でカレンダーをもらって、いまも食卓の壁に貼ってある。今年のものは3ヶ月分が一度に確認できる、しかもその上下に前後2ヶ月分もあってつまりは一枚で7ヵ月を見通せる最高なカレンダーだった(どこのものか意識したことはなかったが、下に小さく「福山通運」とある。ありがとう福山通運)。
そういえば実家のカレンダーも父が毎年会社からもらってくるもので、世界の名画シリーズ的なことが多かった。筆ペンで家族の予定が父によって書きこまれる。学校行事、家族そろっての外出など、あくまで父が把握する予定が、父によって書かれる(ゆえに「抜け」も多くある)。また父は自分を「しろくま」と呼称しており、だから19,20日「しろくま出張」などと書かれる。家族のあいだではもはや当たり前なことも、外から来た人には謎の暗号でしかなく(しろくまって誰……?)と思うだろうし、家のなかでのみ通じる言葉とか文化とか、思えば滑稽ですこし愛おしい(中学生の頃、クラスの友人がウエットティッシュのことを「おしぼりウエッティ」と呼んでいてみんなでやいやいからかってしまったことをふと思い出す)。
そんな実家のカレンダーをふり切るように、結婚してからは「売っている」「おしゃれな」カレンダーを堂々、使うようになった。世界の名画も父の直筆も(しかもなんで、いつも筆ペン)うんざりで、わたしはわたし(と夫)のためのあたらしく洒落た生活を志した。ムーミンのもの、京都の恵文社で買った、イラストレーター林青那さんの手描きのものなど毎年あれこれ吟味しつつインテリアとして楽しんでいたのだったが、気づけば職場でどこぞの企業のカレンダーをもらってほくほくしているではないか。そう、いつしか「渾身のカレンダー」を選ぶことが億劫になってしまった。一応、ここに至るまでに「100均のカレンダー」も数年挟んでいる。そういう苦し紛れの妥協と曲折があった。人は易きに流れてゆく。
細かいスケジュールはスマホで夫と共有しているので、貼ってあるほうのカレンダーにはたいしたことは書かれない。手帳を持たない自分の締切のスケジュールや、学校の授業変更などが雑に書いてあるだけだ。そう思えば実家の父とやっていることはほとんど変わらず、わたしによるわたしのための、自己満足のカレンダー(おしゃれですらない)が食卓にはこうしてかかっている。
そういえば父がわたしのエッセイを読んだと言ってメールをくれたことがあった。そこには「健康診断は受けたほうがええで」とあって、なんというか、父だなあと思う。一冊分の、わたしの奮闘を父は「健康診断を何年も受けていない娘への心配」として受け止めた。まあたしかに書いたっちゃ書いた。日記のなかで、非正規雇用だからか職場で健康診断を受けさせてもらえない、と愚痴をこぼしたのだった。父へ対して「だから親というのはなんにもわかっちゃいない」などと文句を垂れるつもりはなく、こういうズレこそ親だなあと、むしろしみじみする。親をよろこばせるために書くのではない、その意味ではこういうまっとうな? 感想がいっそのこと、すがすがしい。
またあるいは、職場の先生からも「非常勤の先生たちも上に言えば健康診断受けられるかもしれないよ」と声をかけられたこともある。まただ。いわく、やはり拙著を読んでくれたらしい。パートの事務の人たちも受けているのだから、それなら非常勤講師が受けられないのは変だし、言えば通るんじゃない? とのことだった。ありがたい助言ながらもなんというか、やっぱりそうくるのか。その先生は、いたって真摯だった。よかったとも退屈だったとも、それ以外の本の感想はなかった。全然別の方面から、わたしが長いこと健康診断を受けずにいることを案じられている(ちなみに、今年の6月に市の健診を受けた、結果は特に問題なし)。そのことがおかしくて、おかしいことがうれしくて、父親と同列にしてしまって先生には申し訳ないが、なんだかひとりにやにやしてしまった(マスクのなかで)。
十月のカレンダーには猫がいて今もぼくらを遠目に見てる
堀静香(ほり・しずか)
1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。

