2025年07月03日 夕方公開終了

文=堀静香

今日も今日とて洗濯物が風に揺れている。なびいている。この時期着るボーダーのカットソーが2着そよいでいて、それと色違のものをいま着ている。つまり、日々同じブランドの同じボーダーカットソーを3着着回している。
そもそも、ボーダーはあまり馴染みがなかった。試着してみるものの、どうにもしっくりこない。たまに勢いで買ってみても、結局袖を通さないまま終わってしまう。
 着慣れない、ということで嫌厭してそれがいつしか似合わない、に変わった感じと言ったらいいだろうか。同じような感覚で、長いことタートルネックも着たことがなかった(自分の首が長いのか短いのか太いのか細いのか分からないが、首を通すとなんかへん)。

なんかへん、は一度思い込むといけない。でも似合わない(気がする)のだから仕方ない。服に着られる、という言い方があるけれど、当てはめるならそういうことなのかもしれない。でもなんだ、服に着られるって。酒は飲んでも飲まれるな。いや酒を飲んでいるのはいつもわたし。服を着るのもいつだってわたしじゃないか。などとすぐに文句を垂れる。

小学生の頃、母に勧められて買ってもらったグレーのプリーツスカートをおずおず履いて、友だちに「似合わない」と言われたことがある。面と向かって言われると、けっこうショック。つねにそういう目があって、だからあの頃は学校に新しい服を着ていくのもちょっと緊張した。
似合う似合わない、というよりもただ馴染んでいないだけだったのだ、といまは思う。まず、おずおずしたのがよくなかった。堂々とすればいい。「初めて着たから見慣れないだけだよ」と、その時も言い返せたらよかったのだろう。当時は、(似合わないんだぁ)とその友だちの一言を間に受けて、母には悪かったが以来そのスカートはほとんど履かなかった。

母はそれこそ、年中ボーダーばかり着ていた。いつだったか実家の妹から母のボーダーカットソーばかり干されたベランダの写真が送られてきた。「ここは刑務所か?」と妹は辛口だったが、それほど母はボーダーをおそらく無意識に着まくっている(しかも、どれも決まって白と黒のストライプ)。
母の着る服、で思い出すのは黒字に白の太ゴシックで「OBEY」とプリントされたTシャツを一時期着ていたこと。いやいやいや。「OBEY(従え)」って。強すぎるし怖すぎる。というかごく普通の主婦が着ている、というギャップが面白すぎる。
家族で焼肉を食べに行ったとき、待ち合わせにひとり遅れた母が向かいの信号でこのTシャツを着て立っていた姿がおかしくて妹とひとしきり笑った。どれだけ笑われても、母は「でもこれどっかのブランドのだよ」とまったく意に介さないようだった。

主張の強いロゴTシャツ、でいうなら夫もたいがいだ。「Open your mind.」と書かれた白Tシャツを平然と着ている。心を開けと言われて開く心などどこにもない。ただ、主張の強いTシャツを求めているというより、どうも本人いわくおしゃれな白Tシャツが着たいらしい。
それで、最近は全国の独立系書店のおしゃれな白Tシャツを見つけては欲しがっている。お気に入りは名古屋にあるON READINGの「MAY THE BOOK BE WITH YOU.」と書かれた白Tシャツで、旅行だとか自分が出るイベントの日だとかに着ている。夫にとっての一張羅。以前、洗濯するときに色移りなのか汚れなのか、とにかくその一張羅を汚してしまって焦ったが、なんとかして元に戻しことなきを得た。白Tシャツはつねに汚れ、シミとの戦いというか緊張感があって、とりわけ食べる時には気を遣う。だからわたしは一着も白い服を持っていない。子どもの頃からそれはもう毎日のように「あんたはすぐ汚すからね」と母に言われたことを、大人になったいまも鵜呑みにしている。

ボーダーは、いつの間にか着られるようになった。着て、着慣れてしまえばなんということはない。つまらぬ自意識をはたらかせるばかり、じっさいにはわたしが何を着ようが誰も何も思わないのだ。着たいものを着ればよい。そう思いつつ、太いボーダーはやはり似合わない(気がする)。そして夫からは赤白のボーダーを着るたびに「ウォーリーみたい」と言われる。
そういえばウォーリーを探せ、のなかにはそれこそウォーリーと同じような赤白ボーダーの人がひしめいていて、みんな見た目は違うのに、それなりにあのボーダーを着こなしている。やっぱり似合う云々など自意識にすぎない。いま流行りのパーソナルカラー診断のことは薄ら知りつつ、無視している。イエベだとかブルベだとかスプリングだとかオータムだとか、なんなのだろう。と言いつつ、なんだか季節で似合う色をあらわすのって、実はちょっと素敵なのかもしれない。秋が好きだからオータムがいい。診断されたわけではないが、そういえば気づけば茶色い服ばかり買っている。いま着ているこのボーダーも、茶と黒の縞模様である。

 ボーダーを着てボーダーの服買いに行くのはながいきのおまじない/橋爪志保

堀静香(ほり・しずか)

1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。