2025年03月20日 夕方公開終了
文=堀静香
保育園の懇談会が好きだ。子どもたちの普段の様子は日報や保育士とのノートのやりとりで知ってはいるが、あのとき実はこうだったんですよ、とスライドで写真を見ながら話してもらえるのはまた違った楽しさがある。節分の鬼が来たときの豆まきの動画、くど(かまどを使って子どもたちが料理する)の様子、お昼寝の写真、ひとつずつじっくり眺めていく。
後半では先生が「最近、お家ではどんな様子ですか? 困りごとでもなんでも共有しましょう」と振ってくれる。もうお互い3年目の仲なので、緊張感はなく、じゃあ、とひとりがすぐに話し始める。4歳過ぎて夜のオムツが取れてないってどうなのかなと思って。うちの子は膀胱の容量が多いのか、かなり早く取れましたねー。うちはまだしっかりオムツ。でも膀胱の発育によるのなら、焦っても仕方ないですよね。発育面もそうだけど、やっぱ気持ちの面も大きい気がして、いままで平気だったのに一度おねしょしてからはなかなか取れなくなっちゃいました。そんなふうに順々に話す。朝ごはん、何食べさせてますか? という話題も興味深かった。ふりかけご飯一択、パンとゼリー、卵料理をその日の気分で選ばせる、うちはしっかり食べさせても必ず「ママ、コンビニ寄って」って言われて何かしら買い食いさせられます。それぞれ、全然違うなあと思う。朝食の話題を出したのはわたしだったが、うちはお菓子2種類、ヤクルト1本という前菜から始まってやっと小さなおにぎりを食べるかどうかでいつも時間がなくなる、と話すタイミングはなかった。
3月の卒園式に向けて、最後に歌の練習があった(うちの園は卒園児だけでなく、全学年の子と保護者が参加する)。ずっと忘れないよ、大好きだよ、というものすごくシンプルでストレートな歌詞に、これはもはや条件反射なのではないかと疑うほど、すぐに涙がにじんでしまう。特に「ありがとう、◯◯ちゃん」と全員の名前を呼ぶのがいけない。気づけば、一緒に歌詞カードを見ていた隣のママも鼻を啜っている。
懇談会の後、同じクラスの仲間でランチ(という名の飲み会)へ行った。昼からワイン飲み放題なんてねぇ、と言いながら3人ともグラスになみなみワインを注いでいる。以前から飲もうと話していたところ、懇談会の後だしせっかくならとクラスLINEにも呼びかけたのだったが誘いに乗る人はおらず、結果クラスのみんなにわたしたち3人が昼間っから飲みに行くという予定が伝わっただけになり、めっちゃ恥ずかしいねぇ、と笑い合った。保育園から店までは子どもと出かけついでの夫に送ってもらったけれど、土曜の午後家族が家にいて、子どもを任せて、というのがきっとかなわない人もいて、来たかったーと言ってくれる人もいたから、昼飲みの罪悪感もあってか、ちょっと後ろめたい。
それぞれの家庭のそれぞれの事情。まあさぁ、いろいろあるよね。わたしたちに当たり障りのない探り合いの会話なんてなく、それぞれに喫緊の話がある。ゆっくり会えていなかった数か月の間にそんなことがあったんだ。めっちゃ大変だったね。いやでもみんな見えないだけだよね。でもほりさんとこは仲良さそうだよ。いやそんなことないよ、毎日喧嘩ばっかだよ、ほんと。愚痴とも違う、それぞれの家の大変さや、それでも忙しさに流されるような毎日、いやそれにしてもさ、さっきの卒園式の歌の練習泣けましたよね。泣けたねぇ、てかわたしはがっつり泣いてました。ほんと、わたしも。いまこんな泣いちゃうのに、自分たちの卒園のときわたしたち一体どうなっちゃうんだろうね? わたしその場に泣き崩れちゃって立ってられる自信ないかも。ほんとほんと。だって、ねえ。いままだあんななのに、卒園とか。ねえ。うん。
いつの間にか全員おいおい涙を流して、ワインをハイペースで飲みつづけているからだろうか。冷静に考えて、まだ2年も先の卒園式を思ってぼろぼろ泣くわたしたちって、けっこうだ。子どもたちのほうがきょとんとしているのではないか。でも、こうやって泣いてしまってもいいような、涙を分け合うような友だちができたことが何よりうれしくて、わたしたち全然違うねえ、と言い合ったことはないけれど、年齢も仕事も趣味も、ほんとうには全然違う。気が合うからいつものこの3人、というよりもいつも誰かの呼びかけにノリよく反応するのが決まってこの3人で、いつの間にかこんなに居心地がいい。
明るいうちに帰るから、と言って家を出てきたわたしたちだったけれど、結局酔い冷ましにうちに寄って、たくさん茹でた蕎麦をぺろっと食べて、お茶をがぶがぶ飲んで、気づけばもう外は真っ暗だった。夫がふたりを車で送ってくれて、わたしは子どもに『いやいやえん』を読み聞かせながら、気づけばものすごい頭痛で、吐きそうになりながら、長い長いひとつのお話を、早口で読みつづけた。
母でもなく妻でもなくて今泣けば大漁旗がハンカチだろう 北山あさひ
堀静香(ほり・しずか)
1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。