2025年07月31日 夕方公開終了

文=堀静香

おそろいへのもの思いはつづく。
思えば、高校生はおそろい尽くしだ。生徒たちを見ていると、シャーペン、ペンケース、ペンケースのキーホルダーなど、教室内で女子同士、同じアイテムを持っていることに気づく。週に2回の授業のみで彼女たちの人間関係を知ることはかなわないが、ふと机間巡視中に「おそろい」を見つけて(あのふたりは仲良しなのかも)と推察する。男子同士、あるいは男女のおそろいはほとんどなく、高校生にとっておそろいというのは、主に女子のあいだの文化なのかもしれない。

机の脇に掛けてある、女子の通学鞄も興味深い。わたしが教員になった10年前あたりから主流はもっぱら大きめの黒いリュックで、各ブランドのいかついリュックを彼女たちはめいめい、背負っていた。それが、近ごろはいわゆるスクールバッグがどうも再び流行っているらしい。
流行は繰り返すというけれど、まさに自分が高校生の頃使っていた黒や茶の革素材のものをいまの高校生たちも使っている。だから彼女たちの鞄を見るたび、とんでもなく懐かしい気持ちになるのだった(しかも、鞄にディズニーなどぬいぐるみのキーホルダーをたくさんぶら下げるのもあの頃と同じ、平成の真似ごとなのか? と思うほど、あまりに平成だ)。
 
志望校に合格したら買ってもらう、と母と約束していたEAST BOYの革鞄。
大事に扱おうと意気込んだのはせいぜい最初の数ヶ月で、気づけばどんどん扱いは雑になる。何より電車通学から自転車通学に変えたのが多分いけない。
入学当初、同じ中学のメンバー数人と最寄駅で待ち合わせて登校していた。初めは心強かったのはたしかだけれど、すぐに新しいクラスの友だちもできて、元々お互い「同じ中学出身」というだけでさほど仲良くもなく話も合わず、また実は電車で通うより自転車のほうが断然早い、ということに気づいて早々にフェードアウトした。
憧れだった電車通学も、1学期の間体験すれば十分だった。電車は自分の力では動かせないが(当たり前すぎる)、ちょっと寝坊したってチャリならいくらでも加速できる。そうしてひとりの気楽さにゆるみ切って、毎朝遅刻ぎりぎりを攻めていた。慌てて自転車の前カゴに乱暴に放った革鞄はすぐに傷がたくさんついて、一年も使わないうちにずいぶんみすぼらしくなってしまった。

それで、中学生のときに使っていたナイロンのスクールバッグを押入れから引っ張り出して、再び持ちはじめた。ナイロン製だから、雑に扱ったところで傷も目立たない。長いこと使っていたからいい感じにくたびれて、味がある、とも言える。
ただ、ひとつ恥ずかしいのが鞄の底にポスカででかでかと、「松岡修造」と書かれていること。書いたのは自分。なぜか。好きだったのだ。わたしは中学生の頃、猛烈に松岡修造を愛していた。

当時、スクールバッグにポスカで落書きする、いわゆる「デコる」のが流行っていて、「◯◯命」「○○LOVE」」といったふうに、決まってそこに書くのは好きなアイドルや俳優の名前なのだった。嵐だのNEWSだの、とにかく友だちはみなこぞってジャニーズの誰それの名前を書いたが、わたしは堂々、松岡修造。
何が、どこが、といま訊かれても答えるのは難しい。美術の授業で習ったレタリングに凝って、教室の自分の机にも明朝体で大きく「松岡修造」と書いたし(お前が松岡修造なのか?)、当時イメージモデルだった紳士服のコナカの切り抜きを大切に筆箱にしまっていた。
受験時には、松岡修造オフィシャルホームページの「熱血動画」を見て励ましをもらった。極寒のなか、シジミ漁に挑む修造、遠くから全速力で駆けてくる修造、修造はいつも熱い。ありがとう、あなたが全力で生きてくれるから、わたしはいつまでもこんなにも生ぬるいまま、勉強もせず布団のなかでぐずぐずしていられるのです。そうして受験はすべて落ちて、やっと正気に戻るのだった。

友だちに付き添ってもらってサイン会に行ったこと(たしか池袋の三省堂だった)、コナカを訪ねて「ポスターってもらえますか」と聞いたこと(もらえなかった)、松岡修造にまつわる思い出はさまざまある。いまはもう終わったのかどうか、テレビ番組「食いしん坊万歳」といえば彼だった。全国のうまいものを訪ね歩く。農家のおばあさんたちに囲まれて、背の高い修造はいつも裂けんばかりにめいっぱい股を開いて、おばあさんに目線を合わせていた。かっこいいなあ、と本気で思っていた。
たまにCMなどで見かけても、あの頃と変わらない。髪がいつまでもふさふさで、まったく老けない。いったい幾つなのだろう。変わらなすぎてちょっとこわい。むしろ時間に逆らうように若返っていないか。

そんなふうに、いつの間にやら熱は冷めて、思えば誰かを本気で「推し」たのは後にも先にも修造のみだ。思春期の、一番しんどい時期に彼にはまったのもふり返ってみれば頷ける。自分や周囲の自意識にまみれた息苦しい生活のなかで、わたしは彼のいやというほどの大真面目ぶりに、その真面目さを厭わず差し出す明るさに、安寧を得ていたのだと思う。いまもメインのメールアドレスには「shuzo」と入っていて、たまに電話口などで相手にアドレスを伝えるときに、読みあげるのがちょっと恥ずかしい。

いてくれてありがと! 春の大真面目大丈夫大合唱をきみに/石井僚一

堀静香(ほり・しずか)

1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。