2025年04月10日 夕方公開終了

文=堀静香

 毎週楽しみにしていたドラマ「ホットスポット」が終わってしまった。と言いつつ、最終回は野球中継でだいぶ遅くに放送されたこともあって、未見である。バカリズム脚本の「ブラッシュアップライフ」がとても面白かったが、今回も期待を裏切らない。富士山麓の小さなホテルに勤める主人公・清美の同僚タカハシがじつは宇宙人という奇抜なSF設定も、丁寧に映される日常、ファミレスで繰り広げられる地元の女友達同士のテンポよい会話の妙にしっかりと支えられて違和感なく受け入れられる。その会話劇も、真のリアルさというより、むしろ「ありそうっぽさ」のほうに寄せられており、毎度全員の服装の色合いがリンクしていたり、そういうポップさのチューニング加減が絶妙で、まあとにかく毎週子どもを寝かしつけた後、夫と楽しく見ていたのだった。
回を追う毎に登場人物も増え、未来人だとか超能力者だとかも出てきてなかなかカオスなのだが、終盤の第9話、清美の同級生あやにゃんこと綾乃の夫・信一が登場した。あやにゃんの夫は市の職員であり、ストーリー上わりと大事なちょい役なのだが、ワイシャツに作業服を重ね着して、細いフレームのメガネ、真面目そうな雰囲気、とにかく「いかにも市役所にいそうな感じ」なのだった。

 それで、このあやにゃんの夫こと信一が役の感じも含め、うちの夫に似ている。咄嗟にそう思い、けれど並んでドラマを見る夫に、その場であえて指摘はしなかった。夫はすぐに調子に乗るので、不用意な「褒め」発言は避けたい。それで後からそっと、役の田村健太郎さんを検索すると、やはり似ている。けれど、インスタを見ると他の役や素顔の雰囲気はまた「市役所職員」とは当たり前だが全然違って、端的にとてもかっこいいので、やはり夫に気安く「似てるね」などと言わなくてよかった。
 夫はまた、お笑い芸人「ジャルジャル」の後藤にも似ている、と思っているが、これも長いこと胸に秘めたままだ。個人的に、後藤にもけっこうときめきを感じるので、夫に言えばむろん、調子に乗りかねない。何より、わたしの妹が本気のジャルジャルファンなので、妹には口が裂けても言えない(妹はいつだったか、夫のことをそれこそバカリズムに似ていると言っていた気がする。いや、ほっしゃんだったか、とにかく、いずれにせよあまりに深淵なる認識のずれである)

 自分がときめく俳優や芸人に夫を重ねている。けれど他人に言えば「えー似てないよ」と一蹴されるであろう、そのくらいのささやかな相似。なんとなく輪郭や顔のパーツがそう遠くないことに加え、大きくわたしを錯覚させるのは、つまるところ髪型なのだと思う。田村さんも後藤もセンター分け。夫もセンター分け。言ってしまえばただそれだけ。けれど、現に似て見えるのだからやっぱり髪型はあなどれない。

元はと言えば、わたしがドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」に出ていた松田龍平にときめいた結果、夫をどうにか似せるために始めた独自のヘアカットなのだった。美容院で「夫を松田龍平にしてください」とお願いするのは憚られるが、家なら好きにできるじゃん。ならばわたしが切ろう。
そう、夫の髪はわたしが切っている。切り始めてもう5年くらいになるだろうか。最近はね、松田龍平みたいなセンター分けがかっこいいんだよ、と言いながら、初めは見よう見まねだったが、おそらくいまは「妻に切ってもらってます」と夫のほうで自己申告しない限り、傍目にはわからないくらいの腕前になったはずだ。ごく普通のハサミ一本で仕上げていたが、最近はバリカンも駆使して、サイドはきれいなツーブロックに仕上げる。

 そのようにして夫は、いま見ようによっては田村健太郎であり、ジャルジャル後藤である、ありたい、そう思いたい。もはや願いの域でありつつ、たまに夫のほうでも、「この髪型ってほんとにかっこいいのかな」とつぶやくので、慌ててわたしは「似合ってるよ、かっこいいよ」と応える。だが、たしかに念を押されるととたんに、心もとない。センター分けってこれで、合ってるのだろうか。
補正を外して客観的に評価すればほんとうのところ、いま夫の髪型に最も近いのは「しまねっこ」と「佐々木のじいさん」だ。しまねっこは島根県のゆるキャラで、佐々木のじいさんは『ちびまる子ちゃん』に出てくる、あの植え木に精を出す老人である。わたしの切る夫の髪型は、出雲大社の社の屋根であって、佐々木のじいさんの雑なタッチの針金みたいな髪の毛にかなしいかな、とても近しい。

 そう思うと申し訳ない気もいっぽうで湧いてくる。やっぱり美容院で切ってもらったほうがいいのかもしれない。でも夫は○○に似せてください、などと自分では言わないだろうから、それはつまらない。というか、似せてもらったところでどうということは、ほんとうにはない。わたしの念が夫を松田龍平や田村健太郎にするのであり、大切なのは気持ちなのだ。いや「大切なのは気持ち」ってなんなんだ。夫はずっと、夫である。そんなことは分かっている。ときめきを俳優に寄せるというこの卑近な仕草は、パートナーを一般的なよきものと引き比べて満足したい、という不埒なこころのあらわれであって、いやいや、そうではない。ほんとうにはただシンプルに、わたしはけっこう、夫のことが好きなのだと認めればよいだけなのだ。

 そのたびに忘れてしまう髪切ってはじめて洗うときの軽さを/山階基

堀静香(ほり・しずか)

1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。