2025年04月24日 夕方公開終了
文=堀静香
前回、大相撲で高安を応援している理由として、高安と同い年(同学年)であるから、ということを書いた。そう、同い年がうれしい。具体的に言うと、1989年生まれがうれしい。世界ではベルリンの壁が崩壊し、日本では消費税が導入された、平成元年。小学2年生の夏休みに、ゲームボーイ「ポケットモンスター赤・緑」をデパートで叔父に買ってもらって、いとこと夢中で攻略した。「ポケモン言えるかな」を全部言えることがひそかな誇りだった。そう思うとポケモンは、わたしたち世代の学童期の懐かしさを象徴するアイテムだったとしみじみする。
同時期にアニメ放送も始まったポケモンだが、「ポリゴンショック」と呼ばれる事件があった。詳しいシーンは覚えていないが、とにかく激しいフラッシュの連続に、目がチカチカした記憶はある。そのフラッシュで光過敏性発作を起こし、搬送される子どもが続出、以来アニメの始まりに「テレビは明るい部屋で離れて見てね」という注意喚起がなされるようになった、その発端でもある。
じゃああのとき、あなたもあのポリゴン回、見てたんですね。わたしは別に症状とかは出なくて、ええ、あなたも。そんな話ができる、同い年。たまごっちはもちろん、あとポケットピカチュウも流行りましたね。わたしあれ外出先でなくしちゃって、でもそのこと親に言えなくて。
と、気づけば自分ばかり話している。弾んだと思った話が実はそうでもなく、相手をちょっとおいてけぼりにしていることがわかって、みるみる恥ずかしくなる、そういうことはままある。
そう、ほんとうには同い年じゃなくたって、ポケモンが好きな人はいるし、わたしとて別に大のポケモン好きではなく、相手と「あのときのあれ」を同じ熱量で共有したいだけなのだ。
では、わたしは「同い年」ということでいったい何に興奮しているのか、なぜ同い年がうれしいのか。掘れば何か湧く予感がする。だからそのことを、ちゃんと考えてみたいと思った。
もう少し広く、「同世代」という意識は多くの人にあるだろう。それで言えばわたしはゆとり世代ど真ん中で、少し遡ればロスジェネ世代だとか、今ならZ世代と呼んで、わたしたちはとかく世代で括りたがる。同世代間の話も、まあ楽しい。それこそ「あのときのあれ」を共有して、盛り上がる。宴会などで違う世代の人々がいれば、その時代を象徴するモノやコトについて通じるかどうか、いわゆるジェネレーションギャップを言い合って、それもまた愉しい。でも、物足りない。わたしが求めているのは、そんなぬるいものではない。
「同い年」という圧倒的な選べなさのもとにある、偶然性にぐっとくるのだ。そして巡り巡ってこの星の「同い年」に出会えたことに、ロマンを感じるのだ。それで、ちょっと気を許せばポケモンの話などをべらべら話してしまう(そして引かれる)。
そもそも、同じ熱量であのときのあれ、を懐かしみたいのなら、同い年の夫がいる。が、夫と過去を語り合うことはほぼない。というのも大前提として、夫は過去の一切を覚えていない。夫に思い出、とか甘い記憶、といったものは存在せず(断言)、まったく話が噛み合わないので思い出の齟齬、及び共有できなさについてはこれまで数え切れないほど険悪になったので、なんかもう、夫のことはある日突然宇宙からやって来たのだと思うことにしている(昔コロコロコミックで『うちゅう人田中太郎』という漫画があって、それになぞらえて夫をよく田中太郎と呼ぶ)。
選べなさのもとにある偶然性、という話であれば、だから同じ出身地だとか、名前が同じだとか、年齢以外にも色々ある。けれど、親近感という意味であればわたしは圧倒的に、同年齢であることが、うれしい。あのとき、あなたもわたしも小学1年生。あのときは、20歳。全然違うところにいて、違う人と、過ごしていた。趣味だってほんとうには全然違って、けれど、同じだけ同じ歩みで歳を重ねてきた。その共時的な連帯感というものに、勝手に感じ入ってしまう。
勝手に、というところがミソである。かように、わたしは他人と仲良くなりたいのだと思う。いや、もっと単純に他人のことが気になる。同い年であることが、相手を身近に感じるひとつの手立てやよすがになる、と信じて疑わない。むろん、同い年とわかった途端「えっタメじゃん!」などと打ち解けられる気安さは持ち合わせていない。ただ勝手にほっとして、うれしくなる。あなたのあの頃、と自分を重ねて安易に想像する。安易だとわかっているからいい。そのささやかなよすがこそ、臆病な自分にはちょうどいいのだ。
散々自分かわいがりで文章を書いてきた癖に、それ以上に他人がわからないことがこわいのだと思う。知りたくて、わからなくて書いている。と、そんなふうにあらゆる関心事や執着、自分の質が「そこ」へと収斂するのなら、なんというか身も蓋もない。わかりたいなら、その人がいくつだって関係ない。ただ話せばいい、会いに行けばいい。人見知りで臆病な自分がもどかしい。
ところで、歌人には同い年が多い。下の名前も同じの(!)、大森静佳さん、まほぴこと岡本真帆さん、鳥取出身の吉田恭大さん、(勝手に)心の友の川村有史さん、そして短歌の恩人でもある石井僚一さん等、面識のない方も含めるとそれはもっと多い、気がする。これも、わたしが同い年に異常に敏感なだけかもしれないが、歌人という、一応は自分も名乗っている同じ肩書きの人たちのことを、臆病なわたしはほんとうにはどこか得体が知れない、と恐れている。だから、余計に同い年の歌人が「勝手に」うれしい。でも、群れたりするつもりはない。ただちょっと遠くからうすら笑いを浮かべてよろこぶだけである。
キッチンでお猪口をえらばせてもらうおない年おなじ名前のきみに/大森静佳
堀静香(ほり・しずか)
1989年神奈川県生まれ。歌人、エッセイスト。「かばん」所属。上智大学文学部哲学科卒。中高国語科非常勤講師。著書にエッセイ集『せいいっぱいの悪口』『がっこうはじごく』(百万年書房)、『わからなくても近くにいてよ』(大和書房)。第一歌集『みじかい曲』(左右社)で第50回現代歌人集会賞を受賞。