私の証明77-一二月一一日

2019年08月25日 夕方公開終了

文=星野文月

昨日の深夜、間瀬と会った。間瀬は数日前から東京に来ていて、明後日京都に戻るらしい。適当に入ったバーで話をした。
「今の彼氏といるとすごく楽で、最近結婚してもいいなと思うんだよね」と唐突に間瀬が言った。そんなことを聞いたのは初めてで、思わず顔を見てしまう。私に話してくれて嬉しいと思う一方で、胸の中に焦りが広がっていくのを感じた。

私はこれからどうなるんだろう。
私はこれからどうしたいんだろう。
昨日見送ったトビーさんの背中を思い出し、また胸がきゅう、と締め付けられる。

自分のことを自分で決められなくなってしまったのはいつからだろう。
ユウキさんが倒れてから、あらゆる価値観がぐらつき、何が正解なのかわからなくなった。
非日常的な状況で、いくら考えてみても混乱は増していく一方だった。だから私は、近くにいてくれた人に意見を求めるようになった。何か困ったことがあれば誰かに相談し、そして一番多かった意見を採用する。そんなことを繰り返していくと、自分が本当はどうしたいのか見えなくなっていった。
でも、私は構わなかった。自分の意見を持つことで、自分が傷つくことも、誰かを傷つけることも怖かった。誰かの考えに従うのが一番安全だ。傷つくことも、批判されることもない温室の中で、私の意思は安らかに死んでいった。
だが、私にまっすぐに向けられたトビーさんの言葉が、温室のドアを吹き飛ばした。何層にも張り巡らされた膜が破られ、胸が張り裂けそうに痛んだ。
その痛いところの中心には、胎児のように小さくなってしまった「わたし」がいた。
それは、まだちゃんと生きていて、涙目でこっちを見ていた。(つづく:8/27更新、私の証明78-「一二月一五日」)

星野文月(ほしの ふづき)

1993年7月20日生まれ 長野県出身言葉を書く。
https://twitter.com/fuzukidesu1

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  1. 全然本筋と関係ないけれど文中に出てくる彼氏とは普通に別れてて笑ってる

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