江戸アケミ04-「ころがっていこうぜ」という選択

2018年07月02日 夕方公開終了

文=T.V.O.D.

パンス 大森靖子ね。僕はあまりよいリスナーじゃない、というかよく知らんかったのだけど、コメカ君の説得により (笑)、いろいろと聴いたり歌詞を読んだりしている。生活者の視点からの苛立ちを全面に押し出してるところは、江戸アケミに近いかも、とは思う。しかしダンスミュージックかそうでないか、って相違は大きいと思うけど。とはいえ、じゃがたらが当時、完全にダンスする音楽として受け取られてたか、というのも微妙なところなんだけどね。やっぱり「ころがっていこうぜ」という言葉は、その後のクラブ・ミュージックにおいても出てきていないと思う。「今が最高」までは言えるけど。そのあたりの間隙を、大森靖子が攻めている、というところまでは分かってきたかも。

コメカ 野田努さんがOTOさんへのインタビューで、「「おいしい生活」は終わったけど、「青空ディスコ」はレイヴ・カルチャーを予見した」って発言していたね。野音でのライブにアケミが「赤いジーパンはいて、上半身裸でピンクの腹巻きで登場」して、「青空ディスコ!」って叫んだっていう(笑)。まあ少なくとも80年代の日本のサブカルチャーシーンでは、トランシーなダンスミュージックへの理解は基本的に共有されていなかったと言える。じゃがたらの動向も、前期はポストパンク的なファンクへの傾倒の文脈で、後期はレイト80’sのワールドミュージックブーム的な文脈の中で理解されていたんだろうなあと後追いの人間としては想像してるんだけど……。ただ少なくとも、じゃがたらのサウンドや姿勢にはレイヴ的な志向と重なる部分があったかもしれないけど、アケミの言葉はそこからはズレていくところがあるから、より多層的だよね。

パンス うん。ワールドミュージックがあったね。当時の『宝島』的な分類だと、JAGATARAは「ヨコノリ ワールドビート系」に入っている……(宝島特別編集『日本ロック大百科』1992)。ボ・ガンボス、東京スカパラダイスオーケストラなどと並んで。いま「ヨコノリ」って単語はほとんど使われていないよなあ。こだま和文は、ドラムマシーンだけをバックに江戸アケミが自由に語るようなものを作りたかった、とインタビューで述べていて、もしそれができていたら完全にラップ・ミュージックにも影響を及ぼしていただろうなあと。

コメカ ラップミュージック的でもあるし、ハウス的でもあるなそのイメージは(笑)。「ヨコノリ」みたいな記述は、まあ当時におけるビートパンク的なものを「タテノリ」と捉えた際の対比だったんだろうね。アケミは死の直前にじゃがたら脱退の意思を持っていたそうだから、もし彼が生きていたら、こだま和文が語ったようなコンパクトでパーソナルな表現形態に向かう90年代があり得たのかもしれない。あと、彼が生きていれば、90年代サブカル的な相対主義的態度とは違った視座を提示する表現をその当時に産み落としてくれたんじゃないかという気がして、そのあたりも何とも言えない気持ちになる。

パンス ついつい神格化されがちだけど、それで崇め奉るより、単純にその後の歴史に位置づけたらどうなったんだろうな、と想像するほうが有意義だなと思いますね。これは江戸アケミに限った話ではなく。いまはYouTubeで見ることができるじゃないですか。MUTE BEATとのライブとか。圧倒されるけど、当時このダブを観客はどう受け止めていたのかな、とか考えてみたり。映像で鮮明に見られるぶん、現在の延長線上に過去があって、そこにいまと異なる認識があったりする、って思える環境になってると思うんですよ。って、けっこう話逸れてるね (笑) 。

コメカ まあ実際、過去を神話化して「昔は良かった」みたいな浸り方をしても何の意味も無いのでね。今現在の状況や認識に至る経過として確認していくべきで。そういう意味でも、さっきも言ったけど、90年代サブカルの相対主義的な態度から快楽主義的な態度への変遷(これはフリッパーズギター電気グルーヴがシニカルな存在として登場し、徐々に「意味」から離脱していったことをイメージしてるんだけど。ただし、小沢健二は除く笑)みたいなものとは異なる文脈っていうのが、アケミの死も含めて衰弱してしまっていたんじゃないかと思っている。逆に2010年代に入ってからそういう文脈は盛り返してきてる気もするんだけど。

パンス 相対主義から快楽主義、っていうのは、90年代の言論のなかでも分析されてきたことなんだけど、いま振り返られることがほとんどないなと思っていて。全部一緒くたにして語られているさまが、いまの「サブカル批判/検証」全般に見られて、僕はけっこうフラストレーション溜まってるんです(笑)。というわけで、90年代編に突入します。まずは、いままでひとりずつ語ってたのがふたりになってしまうんですが……。

コメカ うん、やっぱりこのふたりについては話をせざるを得ないなあと。フリッパーズ・ギター小山田圭吾小沢健二について、次回から語ります。よろしくどうぞ。(つづく:7/2更新、次回「フリッパーズ・ギター 01-あやふやで見栄ばかり張る ぼくたちのドーナツトーク」)

T.V.O.D.(てぃーゔぃーおーでぃー)

毎週土曜日、tumblrで政治や文化についての記事を更新しているテキストユニット。URL https://tvod.tumblr.com こめか/1984年生まれ。サブカルチャーや戦後民主主義が好き。テクノポップバンドmicro llamaのメンバー。Twitter @comecaML ぱんす/1984年生まれ。地図と年表を見るのが好き。Twitter @panparth

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  2. 私は、じゃがたらみたいなライブに行きたくて探したら、カバーもしている渋さ知らズが近いと思いました。
    不破さんの迫力はアケミさんを彷彿とさせる様にも…

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  3. 「ポスト・サブカル焼け跡派」江戸アケミ編④、アップされました。
    「相対主義から快楽主義、っていうのは、90年代の言論のなかでも分析されてきたことなんだけど、いま振り返られることがほとんどないなと思っていて。」
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  4. 次回より、フリッパーズ・ギター篇がスタート!

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  5. コメカとパンスのTVOD、百万年書房LIVE!での連載「ポストサブカル焼け跡派」、江戸アケミ編最終話!
    次回からはあの2人組についてです…。

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  6. 江戸アケミ04-「ころがっていこうぜ」という選択 https://t.co/4e9saJVfX8

    次はついにあの2人について…!

  7. テキストユニットT.V.O.D.の連載。今回も素晴らしい切れ味!→90年代サブカルの相対主義的な態度から快楽主義的な態度への変遷がシニカルな存在として登場し、徐々に「意味」から離脱していった/逆に2010年代に入ってからそういう文… https://t.co/6rniaNprCF