ビートたけし 02-「フライデー襲撃」とその時代

2018年04月23日 夕方公開終了

文=T.V.O.D.

コメカ  『コミック雑誌なんかいらない!』で豊田商事会長刺殺犯を演じたのもたけしだし、「嘲笑」の歌詞を書いたのもたけし(笑)。どっちの側面が表象としてメディア上に現れても、成立してたわけで。露悪性と純粋さがひとつのキャラクターの中に同居していて、その立ち振る舞い自体が、80年代以降のある種のオトコノコ文化に影響を与えてる気はする。日本のサブカルチャーの中にある、ホモソーシャル/ミソジニー的な側面だね。たとえば90年代の電気グルーヴがそのひとつの象徴となっていたように、「露悪」と「純粋」が同居してるカルチャーってけっこうあったでしょ。

パンス 彼が犯罪者を演じたことは、北野映画の初期作品に至る前段階として僕は捉えてる。純粋さと暴力が同居しているといえば、大久保清の役もやってるね。ピュアゆえに手を汚してしまう、それ自体が本質的な魅力である、とする思考回路は、サブカルチャーの一側面。これはミソジニーの問題にもつながっていて、言い訳のようにも機能する。

コメカ  糸井重里は、たとえば矢野顕子に提供した一群の歌詞に象徴されるように、自身の存在を「やさしい」イメージで記号化していったと思うのよ。だけどたけしは後年、松本人志を指して「オレの方がより凶暴で、オレの方がよりやさしい」と述懐したように、ダブルイメージを使って「ビートたけし」を記号化していったわけだ。糸井が記号化に際してミソジニー的イメージを消去したのに対し、たけしは自身の「凶暴」サイドにおいてそれをむしろ積極活用した。たけしの方がキャラクターイメージが多重化されていて、記号化の戦略が複雑なんだよね。

パンス 俳優として演じた「昭和の悪人」の姿は、「うれしいね、サっちゃん」的な昭和ノスタルジーのダークサイドとして表裏一体なのかも。大衆はやさしさだけを求めているわけじゃない、ということに気付いていた。

コメカ 80年代という時代を始めるにあたって、インテリたちが切断しようとしたのは、70年代までのイデオロギーや男性中心主義的な暴力だったと思うんだけど、たけしはそういうサブカルチャーの流れの中にいながら、男性的暴力というものを手放そうとしないどころか、むしろ強化したところがある。タモリはずっと「独りぼっち」という立ち位置をキープしたわけだけど、たけしは(まあそれが冗談交じりだとしても)「寂しかったから」という理由で、たけし軍団を組織した。それは正にホモソーシャル的な集団で、結果的にたけしのフライデー襲撃にまで同行するほどの「過激派組織」と化す(笑)。

パンス この頃は「フォーカス」「フライデー」の「FF時代」。人々が欲望していたスキャンダラスなニュースーー肉体性や暴力が、より加速度的に商品化される時代だった。「写真週刊誌」とある通り、ビジュアルのインパクト推しで過激さを競い合ったり。まさにその片方を現場として、当時もっともメインストリームにいたアイコンが立ち回ったという。

コメカ フライデー襲撃を実行してしまったことで、「ビートたけし」という記号として活動することが破綻しかけたわけだけど、結果的に彼は芸能界に復帰する。たけしの記号性は、破綻しそうで破綻しない、というギリギリのところでキープされることになるわけだ。彼の「凶暴」サイドの記号性を強調する一要素として、むしろフライデー襲撃は機能してしまうことになるんだよね。さっき話したみたいに、イメージの多重化がより強調されていくわけだよ。

パンス そこで父的なものーー「殿」として振る舞うようになる、といった感じかな。

コメカ うーん、父というよりは、ホモソーシャルの中での「親分」ってイメージだった気がする。いわゆる「治者」的な要素はたけしには実はまったく無いというか、むしろ彼はそういうものから逃げ回り続けた人だった気がするのね。だからたけしが80年代に浮上したっていうのは詮無きことではなくて、ある意味彼も「逃走」していた人だったと思うんだよね(笑)。「自分は70年代までの演芸の世界から出てきた人間なのに、80年代に入ったら急に『あなたもサブカルですよ!』といろんな業界の奴が寄ってきた」みたいな趣旨の発言を彼はかつてしていたけど、ビックリハウス的なセンスとたけしがシンクロしていたのは、そういう「コドモ」な感覚の側面だったんだと思うんだよね。ただし「コドモ」と言っても、たけしは「ヘンタイ”よいこ”」ではなくて、チンピラ的な暴力性を兼ね備えていたわけだけど。そこがさっき名前を出した電気グルーヴとかに継承されていった部分だと思う。

パンス なるほど!  どの側面も、あくまで表象ということか。たけしたちの存在は、その後、文化系のなかでホモソーシャルな感覚が受け継がれるにあたって、重要なファクターになってる。そのなかで醸成されてた暴力性というものがあった、と。(つづく:4/23更新、次回「ビートたけし 03-「キレイごとへの反発、「ホンネ」の肯定)

T.V.O.D.(てぃーゔぃーおーでぃー)

毎週土曜日、tumblrで政治や文化についての記事を更新しているテキストユニット。URL https://tvod.tumblr.com こめか/1984年生まれ。サブカルチャーや戦後民主主義が好き。テクノポップバンドmicro llamaのメンバー。Twitter @comecaML ぱんす/1984年生まれ。地図と年表を見るのが好き。Twitter @panparth

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    面白い。

  5. T.V.O.D.のたけし編、たけしが好きだからヒヤヒヤしちゃうな。
    でも、たけしみたいな皮肉芸はサブカルから今のネット言論まで悪い意味で大きく影響与えたと思う

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  6. たけしがよく使う「しょうがねえな」という(裏返しの)褒め言葉も、その「イメージの多重」性が現れたものなのかも知れない。 https://t.co/ksQqHMYBN6

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