最終回-春

向坂くじら(さきさか・くじら)

 春だ。

 たけのこを茹でると、リビングいっぱいがいいにおいになる。甘いけれど乳くさくない、華やかな栄養のにおいがする。それから、菜の花。菜の花を沸騰した湯のなかへ放りこむたび、そのあんまり美しいのにおののく。深い緑、沸騰の泡のなかに揉まれると一転して鮮やかな緑に変わり、湯から上げればまたかすかにくすんでしまう。晴ればれとするような色はその一瞬しかみられない。ときどき誘惑に負けて、茹で上がったのをすぐつまんで、塩もふらずに食べる。茹でたばかりの花を食べたことがあるだろうか? はじけだす熱いスープでありながら贅沢な具でもあるような、あの豪勢さ。花や蕾を食べるというのは、どうしてあんなに人を興奮させるのだろう?

 虫たちにとってもまた春であり、これは家主としてはありがたいことではない。気温が上がるのと比例するように、水まわりの治安が悪くなってくる。日曜日に一念発起して、半日かけて風呂の隅々までを磨きあげた。はじめ裾をまくっていたのがそのうち邪魔くさくなって、一枚脱ぎ二枚脱いで、最後には下着だけになって洗いまくった。日が傾くにつれて窓から西日が差し込み、ハイターの泡と水しぶき、拭いたばかりの白いタイルがまぶしいほどだった。ぜんぶを終えたらくたくたになっていて、明日には筋肉痛になるだろうと思った。そして、それが自分でほほえましく、うれしく思われた。

 その喜びは、単に家事をつつがなくこなしてうれしいだけではなかった。そういう暮らしをしている人が他にたくさんいるのだ、ということの喜びが、そこに混じっていた。家事をするとき、わたしは家の中に閉ざされてあって、しかし他の家々と同時に春を迎える。その、同時さがうれしい。わたしが暮らすとき、他の人たちも暮らしていればいいと思う。わたしと同じように、そしてわたしの知らないところで、野菜の美しいのに震え、積み重なる汚れにうんざりして、暮らしをくりかえすことに達成感を持てばいいと思う。わたしは彼らと足並みをそろえ、それぞれの家の中で、静かで幸福な春を同じくしているのだ、という予測の喜び。

 暮らしの前ではみなどうしようもなく平凡であることの喜び。その喜びを、わたしは警戒してやまない。

 

 振り返ってみれば長い冬だった。年末に三年以上勤めた会社を馘になった。生計の大半がいっぺんに消し飛んだのもつらかったが、しかしそれよりも、長い時間尊敬していた人と離反する運びになったことがつらかった。くび、と言っても、解雇されたわけではない。もともと最低賃金すれすれで尊敬を頼りに働いていたところを、雇用主から「お互いにとってよりフェアな関係で仕事をするために、業務委託に契約を変えることにした」と通告された。なにやら耳ざわりはよくても結局体よく使われることになりそうで、それをずるずると拒んでいたら、話がもつれにもつれてしまった。

 最終的には、わたしがどのようにやめるかを争って話し合いが行われた。会社側の言い分は、わたしは話し合いの三日後である年末に離職をするべきで、かつ解雇予告手当は絶対に支給しない、ということだった。わたしとしては、せめて労働基準法に則って、本来支払われるべき解雇予告手当を支払うか、もしくは一か月後の離職にするべきだ、と思っていた。話し合いから離職まではあまりに急で、かつそれこそ全く「フェア」でない、雇用側の優位を振りかざすようなことだと思った。

 話し合いは五、六時間に及び、わたしたちはみんな疲れ切っていた。雇用主も、そして、わたしのずっと尊敬していた上長も、どうにかわたしを離職に同意させることに必死だった。上長はその場で仲裁役のような役割を負っていたけれど、しかし仲裁が「円満な同意」だけを目指していれば当然、わたしを説き伏せる側に回ることになる。「フェアな関係で仕事をするために」決まったはずだった離職は、いつの間にか「ミスが多いためにこれ以上働かせることはできない」という話に変わっていて、さらにわたしがどれだけ「持ち帰って考えさせてください」と頼んでも、その場で答えを出すことを迫られた。そうしてわたしはついに、疲れた頭で合意をする。その条件は、「そんなに言うなら労働基準法に則って、一か月後の離職にする。ただし、その一か月はこれまでしてきた仕事ではなく、オフィスの掃除をする」というところだった。

 この、とても「フェア」とは思えない条件に同意をしたときの快楽といったら。わたしは常にこの離職が正当であるかどうかを気にしていたけれど、しかしそのいっときだけ、そんなことはささいなことであるように思われた。それよりもわたしがここで、尊敬する人たち、お世話になった人たちのために正当さを捨て、譲歩をしてやるということの、どんなに美しいことか、という気がした。

 けれど話し合いのあと、ずっと心配していた父にどのような合意に至ったのかを報告したら、すぐさま電話がかかってきた。「それは、あんまりだろう。解雇予告手当なんかいらないから、年末でやめろ。そんなちっぽけなことのために、つらい思いをしないでくれ」という。電話口の父は、泣いているようだった。

 それではっと目がさめたようになって、その日のうちに、昼間にした合意を取り下げるためのメールを書きはじめた。

 メールで同意を取り下げるためには、まずどのように合意が行われたのかを振り返らなくてはならない、と思った。であるから話し合いで何が起きたのかを振り返り、そのためにはその日のことだけではなく、わたしたちがどのような関係を築いてきたのかを考える必要があった。わたしは例の仲裁役の上長を、ほとんど愛しているといっていいほど尊敬していて、そうでなければあそこで合意することはなかっただろうから。結果として、関係性そのものを根幹から批判することのほかに、わたしが同意を取り下げる方法はなかった。離反のメールは一万七千字に及び、本題の部分はこのように締め括られた。

 

「自分たちの中だけで成立する正しさ、『フェアー』さというものは存在しません。ラディカルな平等を信じればこそ、この場にいない誰の尊厳に照らしてもゆるがない合意を、わたしたちは目指してゆくべきだったのではないですか。」

「今回の話し合いが決して「フェアー」ではないと見抜けずに、考えることをやめ、合意の快楽に身をゆだねたのも、わたしの間違いでした。本当に恥ずかしく思っています。」

 

 当然、というべきか、そのメールを送ったのを最後に、辞職にかかる事務的なやりとりの他、会社の人から音信が来ることはなくなった。これもまた当然に、とても悲しかったけれど、しかししかたのないことだとも思った。そんなに「フェア」さが大切だというなら、しかたない。「フェア」であることを求めた以上、こうなる他ない。とにかく、自分があそこでうっとりと合意をしてしまったことが、情けなくてしかたがなかった。向こうの言い分が「フェア」なものとしては成立していないと気がついていながら、そこで正当さを求めることをやめ、さらにはそれを美徳であるかのように自分自身をごまかしたことが。それをなんとか撤回できたことに安堵する気持ちが大きかった。

 

 とはいってもさすがに気落ちしていたら、受験時代の恩師が励ましのメッセージを送ってくれた。十年来あれこれ相談しつづけている先生で、わたしがこうなる他ないことをよく分かっているから、それがかえって不憫だったのだろう。いわく、こうだ。

「人間関係よりも優先しなければならない見えないなにかがある人間は、人間関係を結んではいけないのだろうか。その難題に君はチャレンジしているし、僕もチャレンジし続けなくては、と思っています。」

 これはおかしい。なにか暴言である。そんなチャレンジをした覚えはないし、むしろ人間関係というものを大切に思えばこそ、あそこで痛い思いをしてまで同意を取り下げたのだ。不服に思っていたらしかしその直後、別の人から、「お世話になった人との関係性を二の次にしてまで正しくあろうとするなんて……」と非難された。なるほど。それでようやく、ことの次第がわかってきた。

 つまりは、わたしは人間関係のことを大切に思っている。これはうそではなく、本当に大切だと思っている。けれどもそれは、「お世話になった人」だけで作られる小さな人間関係のことではなく、もっと大きな、知らない人たちまで含むような人間関係のことだ。あんなにしてまで合意を取り下げたのはまず、わたしの合意が暗に許してしまった、わたしではない無数の不当な解雇に対するつぐないだった。わたしが不当な合意を押しつけられてはいけない理由は、わたしのためだけではない。仲間うちの輪を一歩出たところに大勢いるであろう、同じように弱い立場で合意を迫られる、ほかのものたちのためなのだ。小さな人間関係のことだけを考えれば合意してもよかったのかもしれないけれど、そういうほかのものたちが必ずいる以上、そうするわけにはいかなかった。

 それで、恩師のいうことは的を射ていると認めざるをえなくなった。わたしは(小さな)人間関係より大切なものをたくさん持っていて、ときどきそのために、関係の方を平気で投げうってしまう。

 

 うちの掃除機のスイッチは拳銃に似ていて、人差し指で握り込めるとオンになる。手をゆるめてはじめて、その音がうるさかったことに気がつく。しんとして、窓の外は春である。

 どこの家にも、静かで幸福な春が同時に来るなんて、そんなことがあるもんか。

 しかしそのことを、暮らしの美しさはかんたんに忘れさせる。どこの家にも同じように、喜びの春が来るように誤解させる。わたしたちの美しい暮らしが、本当は「美しい暮らし」以外のなにかの上に建ち、そのなにかを犠牲にさえしているかもしれないことを、すぐに見えなくさせる。

 暮らしの喜びは、平凡であることの喜び、他人の家の喜びと、我が家の喜びとが似ることの喜びであると書いた。より正しく言えば、それは誤認の喜びなのだ。暮らしの中に自分の平凡さを見ることで、多数から外れた他人を勘定に入れないで済む世界がいっとき、立ち上がるように思える。そして、昼夜や、季節のような、その大なり小なりの反復が、それを永続するものに思わせる。やってきて過ぎ去る春がうれしいのは、また春が来るからに他ならない。もしも春が一度きりならば、たけのこも、菜の花も、悲しいばかりでしかたない。つまりはこうだ。暮らしの美しく、春のうれしいのはまず、家の中の日々、わたしと夫とで完結する小さな日々が、反復し、永続するように、という望みのため。突然の訃報や、爆発や、みだらさが、その反復を止めてしまうことのないように、という望みのためだ。

 そしてその望みは、わたしたち以外の小さな日々がまたそれぞれで完結し、こちらを侵すことなく勝手に反復してくれているように、という望みへとつながる。暮らしのなかに自分の平凡さを見るとき、同時にそれがありふれていてほしいと思うのは、そのためだ。だれもみな幸福で平凡な反復のなかを暮らしているのなら、おそれることはなにもない。他者の暮らしが自分の暮らしと均質であるかぎり、自分は心許す人とともに、小さな輪の中で生きつづけられる。そのような誤認の上に女神のように立って、春はうっとりときれいだ。

 

 夫が眠っている。ソファの低すぎる背もたれに首をとられて眠り込んでしまったせいで気道がつまって、激しいいびきをかいている。夫がそのように眠るたび、わたしはいらだつ。体力の回復のためなら布団で眠ればいい、うとうとしたいだけであるとしてもせめて快い寝方にすればいいのに、なぜそうしないのか、と思う。乱暴にソファに転がしても夫が起きないのが、なおも腹立たしい。

 眠っているときの夫が、ほとんどいないのと同じであるように思われるのが怖い。彼の合理性や闊達なおしゃべりは失われ、愚かにも息をつまらせながら、まったく最適解でないやり方で眠る。そのあいだ、わたしが何をしても、夫には見えていない。あとになってみれば、ほとんどいなかったのと同じである。けれども、体ごと横倒しにして気道をあけてやり、肌がけをかぶせてやる。明日が来ることを望み、その明日が、夫が風邪をひいたり、窒息したりしていない、よき今日の反復であることを望んで。

 

 わたしは、暮らしの美しいのを警戒する。夫とふたりで小さな暮らしを行っているとき、わたしは眠っているようなものだ。世界から切り離されて、どこにもいないようなものだ。ほかのものたちのことなど一切考えることなく、自分の幸福を、平凡なものであるかのように享受する。それはすごく気持ちよく、栄養に満ちて、そして、おそろしい。ソファでいつの間にか眠っているときのように、目覚めてみるまで眠っていたと気づくことができないことがおそろしい。

 そして同時に、安心な暮らしの腹を食い破るようにして目覚める自分のことを思うと、どうしようもなく悲しい気持ちでいっぱいになる。恩師の言葉が、かたちを変えて迫ってくる。暮らしより大切なものがある人間は、幸福に暮らしつづけることはできないのだろうか。一万七千字メールを送ってやめたことを「自己中心的」と非難されたことを話すと、夫は「君が自己中心的だったら、そんなあっさり生活を犠牲にしないでしょ」と笑って、わたしは息の止まる思いだった。わたしはひとりで暮らしているわけではない。正当さを追いかけるために平気で賭けたわたしの生計はまた、夫と暮らすためのものでもあったのに。

 

 暮らしより大切なものがある人間は、いかにして暮らせばよいのだろうか。

 くりかえし問うけれど、それではまだ足りない。それでいて同時に、暮らさざるをえない。生きているだけでおなかが空いて、部屋は汚れていく。望むと望まざるとにかかわらず、日々は反復される。暮らしより大切なものがあるから、暮らさざるをえない。暮らしの誘惑、小さな人間関係のなかへ閉ざされていくことの誘惑に時にかたむき、にらみつけるようにして。夫が眠っている。あほみたいな顔して、よだれなんてたらして、眠りこけている。愚かしく、腹立たしくて、そして、希少に思えてしかたない。わたしは写真を何枚も撮る。眠っている者はいないようなものだが、しかし実際にはここにいて、息をし、クッションを濡らして、そのうちに目を覚ます。そのことが、苦しいほどにわたしにうれしい。困ったことに、暮らしというやつは、それでも、どうしても、美しくてしかたない。

(了)

※本連載の続きは、詩やエッセイ書き下ろしを加えた上で、今夏刊行される書籍版でお楽しみください。ご愛読どうもありがとうございました。

 

撮影:クマガイユウヤ

 

向坂くじら(さきさか・くじら)

2016年、Gt.クマガイユウヤとの詩の朗読とエレキギターのパフォーマンスユニット「Anti-Trench」として活動開始。詩と朗読を担当する。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」、谷川俊太郎トリビュートライブ「俊読」など、多数出演。2021 年、Anti-Trenchファーストアルバム「ponto」「s^ipo」二枚同時発売。同年、びーれびしろねこ社賞大賞を受賞。2022年、第一詩集『とても小さな理解のための』(しろねこ社)を刊行。同年、埼玉県桶川市にて「国語教室 ことぱ舎」を創設。慶應義塾大学文学部卒。

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  1. 【向坂くじらさん連載、最終回を公開しました】

    ご愛読どうもありがとうございました。
    続きは、詩やエッセイの書き下ろしを加えた上で刊行される書籍版をお待ちください。

    向坂くじら 最終回-春 https://t.co/yX0kwf4rE6

  2. ちょうどたった今読んだのがこれだったこともある:
    最終回-春 https://t.co/Q5Un6WZ1k5

  3. 最終回-春 https://t.co/FNkJZctlel 向坂さんは以前、自分の原動力が「世界憎み力」であったが、それが暮らしの安楽とともに徐々に弱まってきたこと、しかしそれとは別の原動力として何かがある予感がすることを、別の連… https://t.co/BU7Zu3zHtQ

  4. いい!

    向坂くじら 最終回-春 | 百万年書房LIVE! https://t.co/dmBPVADV5h

  5. 書籍化、楽しみです。

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