05-世の人

2022年12月03日 夕方公開終了

マリヲ(まりを)

 俳優の山崎努が新聞で「この面相で、この脳みそで、この運動神経で、この環境で。どうやって面白く生きていこうかってのが、人生だと思うんですよね」とインタビューに答えていて、それをノートに書いていた。ノートはもう捨てられていると思っていたけれど、最初の刑務所の中で使っていた一番最初の一冊だけ出てきた。これは母親に送ってもらった。母親はこれを送るのに二週間もかけて過剰な梱包をしてくれて、そのビニール袋の中にはイズミヤで自身が冬用の手袋を買ったときのレシートも一緒に入っていた。うんざりするのと面白いと思うのと、ちょうど半分ずつくらいの気持ちだった。佐野洋子が書き上げた『シズコさん』でも、最後は母親を理解し許していた。僕はそれがたぶんできないと思う。自分が先に死ぬことで、無理に母親を許さないといけないという気持ちから逃げられるとずっと思っていた。今はどちらでも全然かまわないという気持ちだけある。いろいろな記憶も確かじゃないかもしれないし、幼少時代の記憶がほとんどないことも何かに関係しているかもしれないし、この気持ちも本当じゃないかもしれない。本当じゃなくてもいいし、できれば何もないほうが良かったとも思う。

 

 母親の夢はマリー・アントワネットになることだったらしい。念願叶わず北海道教育大学で父親と出会い、姉と僕を産んでから離婚した。エホバの証人に入信したことが離婚の直接の原因かは知らないけれど、それからの母親の心の拠り所は、エホバの証人と僕たち子供だったことは間違いがないと思う。持って生まれた性質以外の、ドラッグやセックスや暮らしの変なスイッチは、たぶんここで培われたものだと思う。いつだってどこでも優等生には全然なれなかった。

 

 姉は最近帰ってきてから、ガンガン、という感じで頭を壁にぶつけているのが隣の部屋から聞こえてくる。そのとき僕はエリミン、通称・赤玉を持っていたので「これは楽になるから」と一錠あげた。モブ・ディープだったと思うけど、そのレコードを流していても聞こえてくるくらいのガンガンはけっこう鋭かった。飯は最近は小さい時の、同じエホバの証人の信者からもらった茹でたパスタにマーガリンと醤油をかけたものよりは大分ましで、その時は給食がご馳走だった、筑前煮ともやしと挽き肉のカレーが母親の得意料理になっていた。僕たちの休日の娯楽は、父親が置いていったミラの洗車。それはでも、その時むちゃくちゃ楽しかった。通学路の街路樹で花見をしている写真や僕の女装の写真があって驚愕した、そんなことがあったんやと思った。

 正しいことに必死になっていたような母親。僕たちが中学や高校になって少し世界を知ったようになると、たちまち破綻するような、正しいことに無理をして自分を押し込めていた母親。こないだ母親は「こんなんあるからあんたはグレるんや」と言って、信者からもらったアコギを踏み抜いた。そのギターは押し入れの奥にしまったので、たぶんまだ実家にあるままだと思う。破綻の真っ只中にいた、不倫やシンナー、タバコやBLを経て、僕たち姉弟は母親にちょっとした抵抗をすることで結託するような気持ちだった。結局母親は暗い顔で、ひとりで毎週集会に参加していた。正しいことの先に絶対に良いものがあると信じている人は、とにかく強くて固かった。

 

 僕は「ミナミの帝王」の再放送と「必殺仕事人」の再放送を母親がパートに出ているときに盗み観るのが楽しみだった。観終わったらガチャガチャの、手回しのテレビのチャンネルを必ずNHKに戻しておく。ドラえもんのひみつ道具百科事典とちびまる子ちゃん第3巻以外は、すべて協会が発行する書籍と教科書しかない家。「必殺仕事人」の京本政樹で興奮して、訳も分からずその分厚いドラえもん百科事典で陰茎をこすって血を出すなどしていた。ばあちゃん家に帰省したときに、母親の兄が置いていった官能小説とか官能四コマで目眩がした。手を動かす僕に「何をしているの」と母親は訊き、僕は痒いと言って、発熱して寝込んだ。いま思えば絶対に気づいていただろうと思う。小学三年生の帰省はそれから近くの本屋の、エロ雑誌コーナーで昼間ずっと立ち読みをすることで終わった。自転車で二十分かけて必死で行っていた。中学生くらいになって、正しいと思っていた自分より悪魔の子である世の人、他のクラスメイトの方が生き生き楽しく幸せに映ることが不思議になった。君が代歌っても死ぬことはないんじゃないの?校歌を歌った方が友達ができるんじゃないの?エホバの証人だからという理由で好きになった女の子は友達が多くてぜんぜん全部をしているけど、正しくないとは思えないんだけど、これはなんで?それにみんな話が面白くて、友達になりたいと思う人は世の人ばかりで、なぜ友達になってはいけないの?通学を一緒にしてくれるようになった数人、その数人と川縁の空き地でみんなで買ったショートホープを吸って、吐くほど咳き込んで、僕は小遣いがなかったからそれを見ていて、ちょっと吸わせてもらって、やっぱり吐くほど咳き込んでから気持ちよくなって、はっきりとではないけれど今までの善悪が丸ごとひっくり返る気持ちがした。田舎はスーパーやドラッグストアが広い、それにタバコの自動販売機も取り口から手を突っ込んだら取ることができる、それからはいろいろ教えてもらって、ワックスとか、香水とか、新しいマンガとか、タバコとかを取って来て、ヤンキーに売ることで小遣い稼ぎにした。全部ぐらぐらの善悪の上に立っていたので、僕のやる全部のことは正しいことの逆で、帰りが遅いこともそうだから、楽しいと自分が思うことも結局悪いこと、てゆうかじゃあ全部やってみてからその後で正しいか悪いかを決めたらいいというような気持ちになっていて、何でも全部をやる、全部やってやる、みたいなやさぐれた気持ちだったけど、この時は本当に心の底から楽しかった。一緒にいる友達が「やめときや」と言うとやめて、「これ面白いんちゃう」と言うと喜んでやった。それでもむちゃくちゃ楽しくて、どこからか持ってくるタバコや、まだ校歌を歌わないこと(その時は少し申し訳なさがあってそうしていた)、それに目を付けたヤンキーからいじめられだしても全然楽しかった。「おまえマジで意味わからんねん」と言われて屋上に呼び出された時、ゆらゆら帝国のラジオをMDに録ってあげた別のヤンキーに助けられた。そのヤンキーに「おまえは学校に来るのか来ないのかをはっきりした方がいい」と言われて、どちらもすごく分かったようになって納得した。その時は母親はまだ僕を信じていたと思う。集会に行かないのは体調不良で、帰りが遅いのは悪魔の囁きにほだされているだけだと思っていたと思う。それに甘えて僕はまだまだ可愛いムチャクチャをやり続けた。しばらくして僕のタバコは、「ミナミの帝王」の竹内力が赤ラークを吸っていたのでそれに憧れて変わって、それを学ランの内ポケットに入れていた。もちろん学ランも買うお金がないから信者からのお下がりでダボダボの、その内ポケットを触った母親は発狂した。なんでこんなんあんた持ってんの、最近帰りが遅い悪いあの子らの持っててあげてんのちゃうの、あんたのちゃうんやんな、あんたのやったらえらいことなるで、あんたもう楽園行かれへんようなるで、それでもええんか、あんた小さい時はほんまに東大や言われて優等生で偉い子で、ちょっと襖が開いてるだけでハイハイして閉めにいくようなええ子やったのにいつからそんなんなったの、やっぱりあの子らのせいやな、世の人と遊んだら絶対あかんて言うたのに、高橋くんとか古城くんやったらまだええのになんでよりによってあの子らなんやの、あの子らの名前言うのも口汚れる気持ちするわ、あの子らにいろいろ要らんこと教えられてんにゃろまだ遊び足りひんか、ちょっとやったらええと思ってた私があかんねやわ、私の教え方が全部まちごてたんやわ、あんたよりによってなんでタバコなんか吸うの、なんでこんなことなんの、何が楽しいのこんなことして、私まちごてるか、まちごてんねやったらちゃんと言いや、なんか言ったらどうやの私が全部まちごてたんか、なんか言いやなんで私を困らすの、やっぱり私がまちごてたんやわ、ちょっと自由にさしたらこれや明日からもう学校以外家出たらあかん集会も行くで、一緒に伝道も回る私開拓者なったんやしもうあかん、もうあかんでもう無理やでもう。

 僕はこのままやったらもういよいよあかんと脳で分かって、赤ラーク買うのにまたワックス四つパクって売らなあかんと頭がしんどくなって、「もうそれ返せよまじで全部嫌なんじゃ」と言って母親から学ランを取り戻そうとした、狭い玄関で。母親は見たことない憤怒の表情でイキキキキという感じで、僕も全力で学ランを引っ張ってもみ合いになった。お互いにどつきあって、引っ張りあって押し合って疲れて、なんやの殴りよ、殴ったらいいべと津軽弁で、母親が仁王立ちになった時、母親は小さく震えていて、体は岩みたいに固くなっていたので、そのまま自分の部屋に上がって激しくドアを閉めた。築四十年の古い一戸建てはそれで少し震えた感じがして、すぐ横の姉の部屋からは「うるさい」という声と頭を壁に打ち付けるガンガンが聞こえていた。ごめんともうあかんが同じくらい、それからしばらく父親の家に世話になったらしいけど、狭い部屋のセーラムピアニシモのカートンの箱と、目玉焼きとケチャップが載った食パンを食べたことしか記憶にない。これを書くまで全然覚えていなかった、そんなような記憶がまだまだあると思う。

 それからいろいろで母親とは衝突して、万引きやタバコから原付窃盗やシンナーまでムチャクチャはエスカレートして、家出を繰り返して迷惑をかけて、初めてつきあった八七橋さんとのデートで雨の日、母親が車で僕たちの横を並走してずっと「あなたたちは早く家(うち)に帰った方がいい、世の人と付き合ったらろくなことにならない」と叫び続けたその時、僕は絶対にすぐ家を出ようと決心した。

 三回目の逮捕。なにわ署の面会場で久しぶりに母親と会った。あなたの、この間かかった医者から診断書が来た、そこには五つくらいの病名が書かれてあってあなたは病気で障害者ということが確定した、そしてそれは私からの遺伝だと言うので、そうなんですね、と言った。なぜだかほっとした。ところで全然関係ないけど、なにわ署の出口をすぐ出たら阪堺線、チンチン電車の駅があるでしょう、その駅を左に見て少しまっすぐ行って、ファミリーマートがあるからその手前の筋を左に曲がって、次の踏み切りまでの間の左手に、緑色のスーツケースがあるからそれを時間があったら持って帰って欲しい。それは置いてて、ここに来る時に僕は回収したかったのだけどそれは出来なくて、だから比較的大事です、それを持って帰ってくれますか、と、母親と久しぶりに話したのがそれだった。エリミンが入っているからだった。小さく老いた母親が睡眠薬の入ったスーツケースを持って帰ってくれているところを想像すると、少しだけ心が痛んで、すぐ見ないことにした。母親から差し入れが届いて、『若い人は尋ねる』という協会発行の書籍を、廃棄処分にした。同房の初老の元気なおじいは、「覚せい剤による気ちがい、変態を生み出しているのは向精神薬を大量に投与しているおまえたち医者だ」という手紙を誰かに出そうとしていて、誤字がないか見てくれ、と言うので今日の話をすると、「親は大事だ唯一の味方だ」と言ってから、仏教用語でエコウというのがあります、それはここ、読みますね、自分のおさめた徳を他にも振り向け、自他ともに極楽往生するようにすること、この心が大事ですよ、と、回向、と漢字を便箋に書いてから、「五房茶!茶お願いします!」と叫んだ。僕には徳なんてないですが、仏教って救いがいっぱいありますね、と聞こえないように言った。

 母親は面会の度に、嫌だと思うけど、と前置いて、今日の言葉として聖書から抜粋した言葉を言うのだった。手紙の最後にもそれが添えられてあった。正しい言葉だったけど、母親とは離れて聞こえてきてしまって、いつも「それは僕以外の人に言ってあげてください」と言ってしまうのだった。

 

 母親は、僕と関係のないところで思いきり幸せになって欲しい。丸山健二の、劇薬みたいな文章を読んではっきりより強く思うようになった。それは湊川病院に入院した時、天河さんが差し入れしてくれた『人生なんてくそくらえ』という本の中の言葉だった。ものすごく感動した。父親についてはもっとそう思う。父親といつだったか幼い姉とドライブに行って、三木市行きの青看板を覚えてる。父親が「新しいお母さんと一緒に暮らすことはどう思うか?」と僕たちに訊いた後、どう答えたかは覚えていないけれど、「それはその返答次第では危うく遺棄されそうになってたんちゃうん?」と笑うことがあった。土井さんとだった。僕は相変わらずうんざりしたまま母親と接しているけれど、土井さんは僕の母親を天然でむちゃくちゃ面白い、と言ってくれた。土井さんの眼を借りて見たら確かに僕の母親は面白いと思う。それがずっとできたら全然いいやん!土井さんの前で、プッシャーみたいに五百円貯金をこっそり渡してくれるところ、その金は自分の金じゃなくてばあちゃんの年金というところ、あんたの店買うもん何にもあれへんなと言いながら、ハードコアバンドのAFTERのTシャツを色が可愛いというだけで購入するところ、最近では純烈というグループとダチョウ倶楽部がコラボレーションした際、寺門ジモンの靴!すっごいな!とLINEしてきたり、菅田将暉のイメチェン画像を添付してきたり、ばあちゃんの入院費用を一日ごと事細かく表記したメールをしてきたりと忙しい感じ。ずっと止まっているようにも思う。お金が無いのに僕の無心に答えてくれたり、刑務所まではるばる毎月やって来てくれたこと、そういうことは僕は贖罪みたいに思って偉そうにしていたけど、こんな風に書くと並大抵じゃない、普通に当たり前でないと思う。許す許さないは勝手な僕の幻想で、例えばそれらを全部姉の眼を借りて見たら違って見えることと思う。それができたら。

 姉は今もずっと母親が住む家のローンを払い続けていて、エホバの証人は何かの理由で排斥処分になっており、本当は母親と話すことができないと言ってた。母親は自分が緊急になった時だけ姉に連絡をしているみたい。僕は何度も分断を勝手にするなと怒ったりした。姉はどうやらそれでも母親を母親と思う気持ちがあって、緊急だけの連絡でも嫌になっていないみたい。歌みたいに涼しく受け答えをしているところを見たことがある。それに僕は気持ちがないまぜになってしまって、アテレコみたいにして気分を良くしようとしたことがあって姉のことも鳩子と名前をつけて、その時はまるで僕たちは美しい家族みたいに映った。

 姉はそれからCADとかを勉強して、僕が知ってる限りで二回くらい転職して、いまは一流企業で勤め、乗馬が趣味と義兄から聞いた。アーチェリーも始めたらしいから洋風の流鏑馬をするつもりなのかと思って楽しくなった、しばらく会わない間に車などが好きになっていてびっくりした。

 

 あるとき天満橋で売人を待っていて、そのとき僕はもう末期だったので、手に入ると分かったらえずくようになっていて、そのえずきが本当になってしまって、側溝に『哭声/コクソン』に出てくる偽祈祷師くらい吐いてしまった。それを見た一緒に待っていた人は「最近のあなたの調子の悪さはそれや」「憑きもん全部吐いたからもう大丈夫」「そんなに入っとってんやしんどかったやろう」と言って背中をさすった。僕はまた神か、なんやそれなんでもかんでも神か、その金でまたシャネルでも買うんかと思ってよけいに吐いた。道端で義兄に押さえつけられて、訳の分からないことを叫んでいたときのことを思い出してしまった。そのときなんで義兄が、姉が、母親が、友達とその彼女がいたのかは全然分からない。そこで覚えているのはぽーんと高く飛ぶガリガリ君、ヤンキー、それが当たる姉、「あんたのせいで離婚や」と叫んでいる姉だった。それぞれが信じているものがぶつかりあって、僕は何もないから叫んでいるみたいだった。僕は何に叫んでいるのかももう分からなくなっていて、一緒にいた友達のカップルももらい泣きしてしまっていた。あ、その友達に僕はドラッグの金を無心して返せなくなっていて、その肩代わりに姉夫婦が来てくれていたんだった。最低だ、その時ヤンキーが投げたガリガリ君が姉じゃなくて母親に当たったらどうなっていたやろうか、姉に当たったから僕は「おい家族やろ、家族に何すんねん」というようなことを言って激しくなったんだと思う。ドラッグが効いていたから、かなり滑稽な激しさだったと思う。いや、違う、その友達は僕が金を工面できないから母親に連絡したんだと思う。母親が姉に連絡をして、それで義兄にまで、義兄の家族にまで連絡が行ってしまって、そもそも僕が金を返していればそんなことにはなっていないのだけど、ダサくて、もう自分ではどうやっても解決できないと思い込んで、なんじゃらおらという気持ちで、母親にもなんじゃらおらという気持ちで、だから姉もなんじゃらおらという気持ちで、「あんたのせいで離婚やから、離婚になったらあんたのせいやからな」と言って僕をヘルメットで殴った。そのとき姉は義兄のオートバイの後ろのシートから降りてきたんだった、映画みたいな登場のシーンでむちゃくちゃ面白かった。ヤンキーはだからか、良いオートバイ、分からないけど良いオートバイに嫉妬したんじゃないだろうか。じゃあヤンキーはそれを買うために働いたらいいやん、それかヤンキーやったら悪いことをしてお金を儲けたらいいやん、ガリガリ君を投げる相手はじゃあ姉じゃなくて義兄やん。その時、全部の原因ははっきり僕に集中していて、でも僕も僕で全員に言いたいことがあって、むちゃくちゃな気持ちでそのままアーウーと言って本当にむちゃくちゃになりそうだった。それを渾身の力で道に押さえつけてくれていたのは義兄だった。それぞれが持っているそれまでのお互いへの気持ちは一回のむちゃくちゃでは絶対収まらないほどのものだった。義兄のあり得ないほどの力と、家族でない力に少し安心していた。こんなもん家族でもなんでもない、姉は違うと分かってくれると思う、と道路に顔を擦り付けて、金やら友達やらなんやねん、そんなもんもなんでもないやろが、なんで姉に連絡すんねんしたんなや、俺が金返す返したらええねやろ、と破綻したことをずっとわんわん言っていた。友達は、分かる、分かるわ、分かるから俺も悪かった、金は返してもらうけどいつでもええから、と言って泣いていて、僕はずっと後になって借りた金の分のマリファナを渡して謝った。全部最低だと思う。天満橋にやっと着いた売人は、窃盗したと一目でわかる原付に乗って現れて、いま良いマリファナがあるけど一緒にどうやと言ってきた。僕は急いでるからと嘘をついてそれを断った。僕はその翌々日に湊川病院に任意入院が決まっており、職務質問でLSDが財布から出てきたことについて、このまま逃げ切れるかもしれないと思っていた時だった。

 

 またあるとき、政治家の杉田水脈のポスターを見たジャンキーの友達が「うわあ」と言ってのけぞった。水脈や、水脈やあ、と言って怯えていた。よくよく見てみると、本当に、顔全体に葉脈みたいに水脈がうぞうぞ見えてくるのだった。僕もほんまに水脈やあ、と言って怖ろしくなった。

 しばらくたってから、人を怖ろしくさせる顔、それ以上に名は体を、いや顔を表すってすごいというようなことをその友達と話した。それから、節、の一文字が入っている母親のことを、未だしっかりと自分を節度の中に押し込めて生きている母親のことを思って、名は顔をか、と思って妙に納得した。

 母親の顔に怖さはまったくないこと。そのことが救いみたいだった。瞑想したかて顔が歪んでるやん、とSNSを見て思った。その夜に、そんな救いみたいな気持ちになった。

(次回更新12/3、「肉食べる?」)

images by 高橋昭子

マリヲ(まりを)

タラウマラ所属、ラッパー。 ●Discography Fiftywater / F.W.EP (タラウマラ/2020) SUNGA + WATER / RA・SI・SA (タラウマラ/2021) 中田粥 + Water a.k.a マリヲ / シャインのこと (中田粥+タラウマラ/2022) Hankyovain feat. Water a.k.a マリヲ / 他人の事情 (Treasurebox / 2022)

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  1. マリヲさんのエッセイ、早く本で読みたいな
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  2. 百万年書房Live! 連載”世の人” 第五稿 “世の人”部が昨日公開されました!FaceTimeのトチリの根本的原因がここに秘められているとかいないとかです。高橋昭子さんの手掛ける人形に本当に救われる気持ちです。

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    マリヲさんの文章はいつも凄くて読むといつも大きくとか大袈裟にとかで、捉えようと自分はしちゃうんだけど、でもここで注意というか大事なのは、ふーん、へぇ〜の距離で淡々とサラッとカラッと読むってことだと自分は思ってる